世界中で無料通話ができるインターネット電話として、利用者が増え続けているスカイプ(Skype)のデモンストレーションを体験しました。
スカイプは、ルクセンブルグのスカイプ・テクノロジーズ社が開発した、インターネットを利用しているパソコンユーザー同士による、リアルタイムの会話を実現するソフトウェアです。一対一の通話に加えて、複数のユーザーが同時に会話に参加できる多地点通話や、ビデオ通話、文字メッセージによる情報交換などができます。2003年に無料ソフトの提供が始まり、日本語版もインターネットを経由してダウンロードできます。
スカイプは、通信技術者たちが数十年間にわたって実現に取り組んできた、複数のユーザーが今いる場所で会議に参加できるデスクトップ会議システムを、きわめて経済的に実現した、すぐれた技術であり、サービス支援体制もよくできています。
スカイプには大きな魅力がありますが、デモンストレーションを体験して、いくつかの危険を感じました。第一は、ファイル交換ソフトウェアのウイニーで問題になっているインターネットを悪用する情報漏洩です。スカイプの運用サービスで、情報漏洩に対してどの程度の保安対策がとられているか分かりませんが、狙ったユーザーの情報を収集することは、普通の電話を盗聴するよりもかなり容易だと考えられます。しかも、電話の盗聴は法律で規制されていますが、スカイプの盗聴は合法的にできるはずです。
第二の問題は、普通の電話の代わりにスカイプを使おうとすると、インターネットに接続したパソコンを常に動作状態にしておく必要があることです。インターネットの常時接続ユーザーがハッカーの攻撃対象になりやすいことや、電力エネルギーの浪費につながることは、すでによく知られていることです。
このほかにも、従来の電話サービスと比較すると、サービス品質面でスカイプにはいくつかの問題があります。どうやら、スカイプの光と影の両面の啓蒙が必要なようです。
都丸敬介(2006.04.23)
月: 2006年4月
なんでもマルチメディア(457):シニアー・パソコン教室
住んでいる市のボランティア活動の一つ、高齢者を対象とするパソコン教室の手伝いを頼まれて、かなり多くの時間を取られる状態になってしまいました。
10年近く続いている教室で、受講者資格は、男性が60才以上、女性が55才以上ということになっています。受講者は女性が圧倒的に多いという状況です。何人かの人に、パソコンの勉強を始めた動機を聞いたところ、孫と会話をするときの共通の話題になる、定年退職したご主人のために同窓会の名簿や会合の案内状を作ってあげる、などといった、ほほえましい答えがありました。皆、最初は、パソコンの電源を入れたり切ったりするのにも苦戦したようですが、いまではUSBメモリーを持ち歩いて、データの収集を楽しんでいる人もいます。
教室の雰囲気は、企業の社員教育や大学の講義とは全く違いますが、話をしながら感じる反応が非常にはっきりしています。多彩な学習者に、何をどう説明すればよいかといったことを考えていると、私自身も楽しくなってきます。講座のヒントを得るためにパソコンショップを歩き回っていると、料理教室の講師が食材を探しているときも同じような気持ちになるのかなと、ふと思います。
パソコンの教科書に頻出するカタカナ言葉をできるだけ使わずに、講座のテーマとして取り上げた内容をしっかり受け入れてもらうことは簡単ではありませんが、新しい経験の蓄積が始まりました。
都丸敬介(2006.04.16)
なんでもマルチメディア(456):ミャンマー旅行記(6)
3月21日(火)ヤンゴン(2)
今回の旅行を締めくくるミャンマーのハイライト、ヤンゴン市内のスーレー・パゴダとシュエダゴン・パゴダを拝観。スーレー・パゴダは高さ46m、シュエダゴン・パゴダは高さ100mの釣り鐘状のパゴダである。(写真)

シュエダゴン・パゴダは小高い丘の上にあり、境内のエレベーターを利用する。巨大なパゴダの周りには、多くの信者が寄進した大小様々のパゴダや仏像が並んでいて壮観である。大理石の床に座って祈る人、花束を供える人、安産を願う人など、この国の人々に根付いている信仰を強く実感する。塔の最上部には76カラットのダイヤモンドを始めとして、7千個を超す宝石が埋め込まれている。肉眼では見えないが、夜ライトアップしたときに輝くダイヤモンドが見える場所が町の中にあるという。
チャウッターチー・パゴダは比較的新しい。全長70mの全国で三番目の巨大な寝釈迦が、鉄骨組の屋根が付いた格納庫のような建物に収まっている。壁はなく、吹き抜けで涼しいためか、お釈迦様と同じ姿で昼寝をしている人が何人もいる。平和でほほえましい。
ヤンゴン最大のポーチョーアウンサン・マーケットはイスタンブールやカイロのマーケットと同じような雰囲気で、日用品や土産物などなんでもある。ガイドの女性も小さな店を一軒持っていて、ガイドの仕事がないときは、ここで商売をしているという。ミャンマーの給料は、ヤンゴンの企業に勤めている人の事務職が月額100米ドル、外資系企業社員が300米ドル程度。通貨はチャットだが、どこでも米ドルが使える。
5時にホテルをチェックアウトして空港に移動。バンコク経由の帰国の途についた。短い期間ではあったが、充実した毎日だった。移動が効率的で、時間に十分なゆとりがあったので、疲れることもなく良い旅だった。
都丸敬介(2006.04.08)
なんでもマルチメディア(455):ミャンマー旅行記(5)
3月19日(日)ヤンゴン(1)
朝6時過ぎにホテルを出発。双発のプロペラ機で1時間半飛んでヤンゴンに戻った。ヤンゴン空港からは市内ではなく、80kmばかり離れた古都バゴーに直接向かった。道路が広く、車が少ないので快適なドライブが続く。樹齢百年を超える大きな街路樹の間を走るのは気持ちがよい。通過した町や村はどこも清潔で穏やかな感じがする。
バゴーのシュエモード・パゴダは高さが114mという、ミャンマーで一番高い壮大な金色のパゴダである。1,200年以上前に建立されたときの高さは23mだったのが、改築のたびに高くなったという。現在のものは、1931年に地震で崩れたのを1954年に再建したものである。エジプトのピラミッドは大きな石を積み上げたものだが、ミャンマーのパゴダは小さな煉瓦を積み上げたものだ。この建築技術と努力には強い意志を感じる。(写真)

全長55mのシュエターリャウン・パゴダの寝釈迦には圧倒された。この寝釈迦は映画「ビルマの竪琴」のロケ地になったという。ミャンマーに来て寝釈迦と涅槃仏の違いを認識した。主な違いは足の組み方と足の裏、そして頭を支える腕の形だという。寝釈迦の足の裏には108の絵が描かれている。(写真)

チャイプーン・パゴダは東西南北を向いた四体の巨大な座仏である。建物はない。15世紀に建立されたものであるが化粧直しをしているのでピカピカしている。
ヤンゴンに戻って最初に泊まったセドナ・ホテル・ヤンゴンにチェックイン。インヤー湖畔の市内最高級のレストランで夕食。湖に係留された船を模したレストランで、見学だけでも入場料が必要だという。食事は品数が多いビュッフェスタイル。席はショーの舞台がよく見える良い席だった。ミャンマーの伝統舞踊はタイやインドネシアと似ているが、洗練さでは劣る。ドイツ人やフランス人のグループが目立った。
都丸敬介(2006.04.07)
なんでもマルチメディア(454):ミャンマー旅行記(4)
3月19日(日)マンダレー(2)
マハムニ・パゴダ拝観。本尊は高い段の上にあり、信者が金箔を張り付ける。ただし、内陣は女人禁制で男性しか金箔を張り付けられない。真偽のほどは確かでないが、数百年にわたる金箔の張り付けで、仏像はかなり太ったはずだという。(写真)

ホテル・マンダレーにチェックイン。ヤンゴンで泊まったホテルの系列で新しい。たっぷり昼寝をして4時に午後の見学に出かけた。
旧王宮は一辺が3kmの正方形の敷地にあり、城壁とその外側の幅広い堀に囲まれている。現在は軍が管理しているので、敷地内にはいるときの身元確認は厳しい。海外旅行者はパスポート番号を届け、タクシーの運転手は運転免許証を預ける。ただし城壁の内側では軍人を見かけなかった。王宮の建物があるのは中心部の一部分だけで、そのほかの場所では一般人が生活している。王宮の建物は第二次世界大戦中に焼失したのを復元したもの。壮麗な建物を見事に再建している。
チーク材で作られたシュエナンドー僧院を見学。当初は金箔が貼ってあったというが、今ははがれて黒ずんでいる。建物内外の壁面は多数の四角い枠に区切られて、その中に彫刻が施してある。長い年月の雨風にさらされたにも関わらず、金箔が残っている手の込んだ彫刻が見られる。
今日の最終目的地である、マンダレーの町を見下ろすマンダレーヒルの手前でクドードォ・パゴダを拝観。このバゴダはバガンのシュエジゴン・バゴダを模したという。巨大な金色のパゴダの周囲に白亜の小さなパゴダが整然と並んでいる。その数は729。一つ一つのパゴダの中には、畳半分ほどの石版に刻まれた梵語の経典が収められている。世界最大の経典だという。(写真:経典を収めた小パゴダ群)

マンダレーヒルは平地の中に盛り上がった高さ200mを超す丘で、頂上部分全体が裸足で入る聖地になっている。エレベーターがあるが停電のため長い石段を歩いて登った。見下ろす王宮の北側にはサッカー・スタジアムやゴルフ場が並び、その向こうには広大な水田が広がっている。
都丸敬介(2006.04.06)
なんでもマルチメディア(453):ミャンマー旅行記(3)
3月19日(日)マンダレー(1)
出発時間が早いので5時半にホテルのプール際のレストランで朝食。月と幾つかの星が輝いていた。空気が澄んでいて気持ちがよい。6時15分にホテルを出発。飛行機でマンダレーに移動。バガン?マンダレーの飛行時間は30分程度。マンダレー空港で大きな日の出を見た。この空港は数年前に完成した新空港で、マンダレーの町までは車で1時間ほどかかった。
マンダレーはヤンゴンに次ぐミャンマー第二の都市で、19世紀には首都だったところ。旧王宮を中心にして碁盤目の街路が整然としている。最初に、湖にかかる木造のウーベイン橋に行った。この橋は、川向こうの住民が町のお寺を参拝できるように、王様が作らせたという。幅2mほどの長い橋で、チーク材の丸太の柱で支えられている。欄干はない。車は通れないが、自転車を押している人がかなり多い。でも、自転車に乗っている人はいない。今は水面まで数mあるが、湖が増水する雨期はかなり怖いらしい。橋の途中にベンチがある屋根付きの休憩所がある。人気があるデートスポットだという。(写真)

昼食時間に会わせてマハーガンダーヨン僧院を見学。900人ほどの僧が修行している巨大な僧院で、見習い少年僧も多い。少年僧は梵語の勉強から始めて、試験に合格すると一人前の僧になれる。優れた僧はヨーロッパに海外留学する制度があるという。食事は早朝と昼の2回だけ。少年少女の集団得度式が行われていて、大広間で親類縁者たちがにぎやかに食事をしていた。(写真)その中に入ってアイスクリームをご馳走になった。ご馳走になるのが見学者の礼儀だという。僧たちの食堂は広い。食堂の外で並んで順番に食事を受け取る。皿に山盛りにした米飯を、僧侶が持っている大きなボウルに入れるのは、得度式に参集した婦人や子供たち。今日の得度式は金持ちの関係者なので、寄進によって食事の内容も良いのだそうだ。

都丸敬介(2006.04.05)
なんでもマルチメディア(452):ミャンマー旅行記(2)
3月18日(土)バガン(2)
シュエサンド・パゴダは広大な遺跡群を見渡す展望台である。手摺がついた急な石段を5層まで登り、回廊から見た景色は絶景だ。寺院あるいはパゴダの遺跡以外に建物はなにもない。日の出と日の入りの時間帯には大勢の人が集まるという。(写真)

イラワジ河を見渡すレストランで昼食。最初に出された天ぷらはミャンマー・ビールによく味があう。天ぷらの衣は米の粉。鶏肉のカレー、豚肉のカレー、野菜の炒めものなど、どれも味がよい。
昼食後ホテルにチェックイン。ミャンマー・トレジャー・リゾートという新しいレジェ?・リゾート・ホテルで、宿泊施設は8棟の2階建ての建物に分散している。レストランはプール脇の吹き抜けの建物。道路から建物まではかなりの距離があり、守衛が詰めている敷地の入り口近くに、遺跡のパゴダが三つ、椰子の木に囲まれて草の中に建っていた。
午後4時までホテルの部屋で休憩。日差しが強く、暑くなってきたので、冷房が効いた部屋での昼寝は快適だ。
巨大な立った姿の仏像と寝釈迦像があるマヌーハ寺院を拝観。タビィニュ僧院の庭で第二次世界大戦の日本人戦没者慰霊碑を参拝してから、イラワジ河のクルージング。20人ほど乗れる釣り船のような船で、乗客はガイドを含むわれわれ三人と乗組員二人だけ。河幅は数百メートルあり、流れているのが分からないほど穏やかで、聞こえる音は船のエンジン音だけ。護岸工事が全くない川岸から100mほど離れた河を北上すると、川岸の森の上に次々にパゴダの頭が現れる。家は見えないが、水浴や洗濯をしている人たちを見かける。バガンとマンダレーの間を10時間かけて移動するという、大型クルーザーが停泊していた。ナイル川のクルーザーに匹敵する立派な船だ。
黄金色に輝くシュエジゴン・パゴダを通り過ぎたところで折り返し。地平線に近づいて赤くなり始めた太陽が支配する雄大な景色は信じられないくらい美しい。船のエンジンを止めて、しばらく景色に見とれる。上陸して、ひょうたん型のブーバヤー・パゴダで日が沈むのを見送った。(写真)

都丸敬介(2006.04.04)
なんでもマルチメディア(451):ミャンマー旅行記(1)
3月18日(土)バガン(1)
昨夜7時頃ヤンゴンのセドナ・ホテル・ヤンゴンにチェックイン。東京の一流都市ホテルにも劣らない立派なホテルだ。ヤンゴンを見るのは後回しにして、今日の旅はバガンから始まる。早朝4時モーニングコール。5時にホテルを出て空港に向かう。ミャンマー人の若い女性ガイドと我々夫婦三人の旅が始まった。空港の待合室で、ホテルが用意してくれたパンと果物の朝食。6時30分発のジェット機に乗り、1時間強でバガンに着いた。バガンの空港は新しく、仏教建築風の空港ビルは清潔である。
現地の旅行会社がチャーターしたタクシーで、空港から町までは30分程度。道路が広く車が少ないので快適なドライブ。走っている車の8割は中古日本車だという。最初に訪れたのはニャンウーマーケットという町の市場。野菜や果物、魚、米といった食品のほかに、日常生活品や衣料品から骨とう品まで何でもある。食料品は生産者が運んできたもので、周辺の町の販売業者も仕入れにくるという。
バガンは大河イラワジ河のほとりにある、仏教寺院遺跡の町である。11世紀から13世紀にかけて建築された数千の寺院や仏塔が林立している。何度もの大地震があり、崩壊と再建が繰り返されてきたという。
最初に訪れたバガン郊外のシュエジゴン・パゴダは、黄金色に輝く巨大な釣り鐘型の建物だ(写真)。肉眼では見えないが、塔の最上部には巨大な宝石が埋め込まれているという。パゴダの入り口には屋根つきの大きな門前市があり、通路の両側に仏具屋や土産物店などが並んでいる。ここは聖域の中であり裸足で歩く。境内には中心になる巨大なパゴダのほかにも多くの塔がある。ミャンマーは人口の85%が敬虔な仏教徒であり、多くの塔や仏像は信者が寄進したもの。この国の仏教はお釈迦様だけを信仰の対象にしている。

町の中心部分にそびえ立つアーナンダ寺院(写真)は,東西南北のそれぞれの方角を向いた、高さ9mを超す大きな仏像が祭られている。この仏像の材料はチーク材だという。

都丸敬介(2006.04.03)