なんでもマルチメディア(453):ミャンマー旅行記(3)

3月19日(日)マンダレー(1)
 出発時間が早いので5時半にホテルのプール際のレストランで朝食。月と幾つかの星が輝いていた。空気が澄んでいて気持ちがよい。6時15分にホテルを出発。飛行機でマンダレーに移動。バガン?マンダレーの飛行時間は30分程度。マンダレー空港で大きな日の出を見た。この空港は数年前に完成した新空港で、マンダレーの町までは車で1時間ほどかかった。
 マンダレーはヤンゴンに次ぐミャンマー第二の都市で、19世紀には首都だったところ。旧王宮を中心にして碁盤目の街路が整然としている。最初に、湖にかかる木造のウーベイン橋に行った。この橋は、川向こうの住民が町のお寺を参拝できるように、王様が作らせたという。幅2mほどの長い橋で、チーク材の丸太の柱で支えられている。欄干はない。車は通れないが、自転車を押している人がかなり多い。でも、自転車に乗っている人はいない。今は水面まで数mあるが、湖が増水する雨期はかなり怖いらしい。橋の途中にベンチがある屋根付きの休憩所がある。人気があるデートスポットだという。(写真)
湖にかかる木製の橋.jpg
 昼食時間に会わせてマハーガンダーヨン僧院を見学。900人ほどの僧が修行している巨大な僧院で、見習い少年僧も多い。少年僧は梵語の勉強から始めて、試験に合格すると一人前の僧になれる。優れた僧はヨーロッパに海外留学する制度があるという。食事は早朝と昼の2回だけ。少年少女の集団得度式が行われていて、大広間で親類縁者たちがにぎやかに食事をしていた。(写真)その中に入ってアイスクリームをご馳走になった。ご馳走になるのが見学者の礼儀だという。僧たちの食堂は広い。食堂の外で並んで順番に食事を受け取る。皿に山盛りにした米飯を、僧侶が持っている大きなボウルに入れるのは、得度式に参集した婦人や子供たち。今日の得度式は金持ちの関係者なので、寄進によって食事の内容も良いのだそうだ。
得度式の少年少女.jpg
都丸敬介(2006.04.05)

なんでもマルチメディア(452):ミャンマー旅行記(2)

3月18日(土)バガン(2)
 シュエサンド・パゴダは広大な遺跡群を見渡す展望台である。手摺がついた急な石段を5層まで登り、回廊から見た景色は絶景だ。寺院あるいはパゴダの遺跡以外に建物はなにもない。日の出と日の入りの時間帯には大勢の人が集まるという。(写真)
バガンの遺跡群.jpg
 イラワジ河を見渡すレストランで昼食。最初に出された天ぷらはミャンマー・ビールによく味があう。天ぷらの衣は米の粉。鶏肉のカレー、豚肉のカレー、野菜の炒めものなど、どれも味がよい。
 昼食後ホテルにチェックイン。ミャンマー・トレジャー・リゾートという新しいレジェ?・リゾート・ホテルで、宿泊施設は8棟の2階建ての建物に分散している。レストランはプール脇の吹き抜けの建物。道路から建物まではかなりの距離があり、守衛が詰めている敷地の入り口近くに、遺跡のパゴダが三つ、椰子の木に囲まれて草の中に建っていた。
 午後4時までホテルの部屋で休憩。日差しが強く、暑くなってきたので、冷房が効いた部屋での昼寝は快適だ。
 巨大な立った姿の仏像と寝釈迦像があるマヌーハ寺院を拝観。タビィニュ僧院の庭で第二次世界大戦の日本人戦没者慰霊碑を参拝してから、イラワジ河のクルージング。20人ほど乗れる釣り船のような船で、乗客はガイドを含むわれわれ三人と乗組員二人だけ。河幅は数百メートルあり、流れているのが分からないほど穏やかで、聞こえる音は船のエンジン音だけ。護岸工事が全くない川岸から100mほど離れた河を北上すると、川岸の森の上に次々にパゴダの頭が現れる。家は見えないが、水浴や洗濯をしている人たちを見かける。バガンとマンダレーの間を10時間かけて移動するという、大型クルーザーが停泊していた。ナイル川のクルーザーに匹敵する立派な船だ。
 黄金色に輝くシュエジゴン・パゴダを通り過ぎたところで折り返し。地平線に近づいて赤くなり始めた太陽が支配する雄大な景色は信じられないくらい美しい。船のエンジンを止めて、しばらく景色に見とれる。上陸して、ひょうたん型のブーバヤー・パゴダで日が沈むのを見送った。(写真)
ブーバヤー・パゴダの夕日.jpg
都丸敬介(2006.04.04)