3月19日(日)ヤンゴン(1)
朝6時過ぎにホテルを出発。双発のプロペラ機で1時間半飛んでヤンゴンに戻った。ヤンゴン空港からは市内ではなく、80kmばかり離れた古都バゴーに直接向かった。道路が広く、車が少ないので快適なドライブが続く。樹齢百年を超える大きな街路樹の間を走るのは気持ちがよい。通過した町や村はどこも清潔で穏やかな感じがする。
バゴーのシュエモード・パゴダは高さが114mという、ミャンマーで一番高い壮大な金色のパゴダである。1,200年以上前に建立されたときの高さは23mだったのが、改築のたびに高くなったという。現在のものは、1931年に地震で崩れたのを1954年に再建したものである。エジプトのピラミッドは大きな石を積み上げたものだが、ミャンマーのパゴダは小さな煉瓦を積み上げたものだ。この建築技術と努力には強い意志を感じる。(写真)

全長55mのシュエターリャウン・パゴダの寝釈迦には圧倒された。この寝釈迦は映画「ビルマの竪琴」のロケ地になったという。ミャンマーに来て寝釈迦と涅槃仏の違いを認識した。主な違いは足の組み方と足の裏、そして頭を支える腕の形だという。寝釈迦の足の裏には108の絵が描かれている。(写真)

チャイプーン・パゴダは東西南北を向いた四体の巨大な座仏である。建物はない。15世紀に建立されたものであるが化粧直しをしているのでピカピカしている。
ヤンゴンに戻って最初に泊まったセドナ・ホテル・ヤンゴンにチェックイン。インヤー湖畔の市内最高級のレストランで夕食。湖に係留された船を模したレストランで、見学だけでも入場料が必要だという。食事は品数が多いビュッフェスタイル。席はショーの舞台がよく見える良い席だった。ミャンマーの伝統舞踊はタイやインドネシアと似ているが、洗練さでは劣る。ドイツ人やフランス人のグループが目立った。
都丸敬介(2006.04.07)
日: 2006年4月7日
なんでもマルチメディア(454):ミャンマー旅行記(4)
3月19日(日)マンダレー(2)
マハムニ・パゴダ拝観。本尊は高い段の上にあり、信者が金箔を張り付ける。ただし、内陣は女人禁制で男性しか金箔を張り付けられない。真偽のほどは確かでないが、数百年にわたる金箔の張り付けで、仏像はかなり太ったはずだという。(写真)

ホテル・マンダレーにチェックイン。ヤンゴンで泊まったホテルの系列で新しい。たっぷり昼寝をして4時に午後の見学に出かけた。
旧王宮は一辺が3kmの正方形の敷地にあり、城壁とその外側の幅広い堀に囲まれている。現在は軍が管理しているので、敷地内にはいるときの身元確認は厳しい。海外旅行者はパスポート番号を届け、タクシーの運転手は運転免許証を預ける。ただし城壁の内側では軍人を見かけなかった。王宮の建物があるのは中心部の一部分だけで、そのほかの場所では一般人が生活している。王宮の建物は第二次世界大戦中に焼失したのを復元したもの。壮麗な建物を見事に再建している。
チーク材で作られたシュエナンドー僧院を見学。当初は金箔が貼ってあったというが、今ははがれて黒ずんでいる。建物内外の壁面は多数の四角い枠に区切られて、その中に彫刻が施してある。長い年月の雨風にさらされたにも関わらず、金箔が残っている手の込んだ彫刻が見られる。
今日の最終目的地である、マンダレーの町を見下ろすマンダレーヒルの手前でクドードォ・パゴダを拝観。このバゴダはバガンのシュエジゴン・バゴダを模したという。巨大な金色のパゴダの周囲に白亜の小さなパゴダが整然と並んでいる。その数は729。一つ一つのパゴダの中には、畳半分ほどの石版に刻まれた梵語の経典が収められている。世界最大の経典だという。(写真:経典を収めた小パゴダ群)

マンダレーヒルは平地の中に盛り上がった高さ200mを超す丘で、頂上部分全体が裸足で入る聖地になっている。エレベーターがあるが停電のため長い石段を歩いて登った。見下ろす王宮の北側にはサッカー・スタジアムやゴルフ場が並び、その向こうには広大な水田が広がっている。
都丸敬介(2006.04.06)