なんでもマルチメディア(648):次世代仮想ネットワーク

 

ブロードバンドインターネットの普及が世界中のあらゆる産業や政治に大きな変革をもたらしました。インターネット通信技術、光ファイバー通信や高速無線通信の技術、パソコンやスマートフォンに代表されるマルチメディア情報通信機器などの技術開発が津波のように一斉に進んだのが1980年代でした。最近の情報通信ネットワーク技術の研究状況を見ていると、エキサイティングだった1980年代の再来を感じます。

 


 たとえばITU-T(国際電気通信連合・電気通信標準化部門)で検討されている将来ネットワークの研究では、ネットワークの仮想化が主要なテーマの1つになっているようです。ネットワークの仮想化は、物理的には同じネットワーク設備を使って、論理的に異なる複数のサービス基盤ネットワークを実現する方法です。このような仮想ネットワークは企業内ネットワークのような限られた分野ではすでに実用になっています。

 


 ITU-Tの将来ネットワークがどのようなものになるのかわかりませんが、電力網のスマートグリッド構想のように、世界中の通信事業者が建設した通信設備を自由に連結して、利用目的に適した論理的なネットワークを動的に実現することが考えられます。


 このようなネットワークが実現すれば、すでにインターネットで深刻な問題になっているヘビーユーザーによる偏ったトラフィックの集中、大規模災害による通信の混乱からの迅速な回復などの実現が期待できます。

 


都丸敬介(201243)


なんでもマルチメディア(647):次世代ネットワークの胎動

 

インターネットとブロードバンド回線の普及によって、通信と放送の融合が本格的に始まりました。この結果、情報流通基盤である通信ネットワークのトラフィック量が爆発的に増えて、いろいろなトラブルが発生しています。

 


 現在は、通信ネットワークの基本が、古典的な回線交換方式からパケット交換方式の一種であるIPネットワークに移行する過渡期にあります。高速IPネットワークは汎用的な情報流通に適した優れたシステムですが、もともとコンピューターが扱うデータの流通を対象とした技術であり、テレビジョンのような連続的なデータを効率よく配信するためには改善しなければならない課題があります。

 


 放送の特徴は、1つの送信元で発生した情報を世界中に同時に配信することです。インターネットでも1つのウェブサイトに多数のユーザーが同時にアクセスすることがあります。このために、世界規模のコンテンツ配信網(CDN)が実現していますが、既存のCDNは放送の配信には適していません。

 


 既存のCDNでは、多数の配信用サーバーに元のウェブサイトの情報のコピーを用意して、ユーザーを最寄りの配信用サーバーにつなぎますが、この方法は常に内容が変化する放送には使えません。

 


 最近の海外の論文から、この分野での研究の成果が実用の段階に近づいた様子が見えます。その1つが、ネットワークで運ぶ情報の種類に基づいて、トラフィック制御を行う技術の適用です。この分野で日本が世界のリーダーになることを期待します。

 


都丸敬介(2012215)


なんでもマルチメディア(646):NTTドコモの大事故

2012年1月25日にNTTドコモで大規模の通信障害が発生しました。同社では2011年12月20日にも大規模の障害が発生しました。今回の事故はスマートフォン(スマホ)の急速な普及拡大に対処するために更新したパケット交換機の処理能力不足であり、通信量(トラフィック)の増大を過小評価したという説明がありました。

通信ネットワークは、データを運ぶリンク(通信回線)と、通信を制御するノード(交換機やサーバー)に大別されます。過大トラフィックによる通信障害というと、一般にはリンクの容量不足が考えられますが、今回の障害と12月の障害は、いずれもノードの処理能力不足に起因したことです。

 テレビや新聞の解説では具体的な事故発生原因はわかりませんが、インターネット技術の根幹であるIPアドレスの使い方が絡んでいると考えられます。現在使われているIPv4(IP第4版)のアドレス数が足りなくなる可能性が1980年代に指摘され、1990年代にはIPアドレス数を大幅に拡大したIPv6の規格が制定されました。しかし、IPv6の普及は進んでいません。

 すべてのスマホにIPv6アドレスを固定的に割り当てて運用するならば、NTTドコモで発生したような深刻な障害を防ぐことができるはずです。さらに、スマホの応用分野の拡大にも効果があります。

 BIネット主催のセミナーあるいは研究会で、この問題を取り上げて徹底的に議論すれば、世界をリードする新しい潮流を生み出すきっかけになると考えます。

都丸敬介(2012年1月27日)

なんでもマルチメディア(645):電気通信事業法

1980年代に実現した、情報通信の分野の革命的な出来事の1つに電気通信事業法の施行があります。1985年4月1日に施行されたこの法律によって、だれでも電気通信事業に参入できるようになりました。電気通信事業は社会を支える重要なインフラであることから、国内通信は日本電信電話公社、国際通信は国際電信電話株式会社の独占事業だったのが、この法律によって自由化されました。

この法律では通信回線設備を備えている第一種電気通信事業者と、第一種電気通信事業者から通信回線設備を借りてユーザーに又貸しする第二種電気通信事業者の区分けがありました。そして、日本全国で多数の第二種電気通信事業者が生まれました。この法律の施行から1年たった頃、郵政省(当時)の幹部の一人が「1つの法律の施行によって、1年間に千を超す会社が生まれたことは前例がない」と胸を張っていたことを覚えています。

 この後、2003年に電気通信事業法の大幅改正があり、現在では第一種と第二種の区分がなくなりました。日本ではインターネットサービスプロバイダー(ISP)は電気通信事業者として扱われているので、事業を始めるときは総務省に届出をすることになっています。

 1985年当時の電気通信はアナログ電話が中心であり、ファクシミリや文字データを扱うデータ通信が始まったばかりでした。その後、電話のディジタル化や携帯電話、インターネット商用サービス、通信回線のブロードバンド化などが急速に進み、現在もさらなる発展が続いています。同時に、情報通信を悪用した犯罪行為を始めとする新たな社会問題が続出しています。新しい時代の起爆剤になるような健全な政策が情報通信の分野でも求められますが、残念なことにその芽はまだ見えません。

都丸敬介(2012年1月11日)

なんでもマルチメディア(644):1980年代と今

新しい年が始まりました。今、日本は多くの難問を抱えて、明るさを失った状態にあります。ハンドレッドクラブ発足のきっかけは、1984年9月に実施された”欧州テレトピア調査団”です。1980年代は日本が敗戦後のどん底の状態から這い上がって、ようやく経済大国として世界に認められた時代です。しかし学ぶことが多く、世界のリーダーという状態ではありませんでした。

 テレトピアは1983年に郵政省が提唱した地域情報化構想です。同じ年に通商産業省はニューメディア・コミュニティという地域情報化構想を提唱していました。これらの構想が一斉に生まれた背景には、通信ネットワークのデジタル化、コンピューターの利用分野の拡大、マルチメディア情報通信技術の発展などがあります。そして、多くの夢が次々に現実のものになり始め、今ではインターネットや多目的モバイル通信などの1980年代に実用化された技術が日常生活や産業を大きく変えました。しかし、全ての夢が実現されたわけではありません。

 技術開発の経緯を見ると、最初の構想が成功した後にいろいろな枝が伸びて大木になったもの、一旦は成功したけれども短期間で陳腐化して姿を消したもの、大きな話題になったけれども日の目を見なかったものなどがあります。成功体験は貴重な教訓になりますが、成功の代償として犠牲が出ることもよくあります。当初は成功しなかったけれども、何かをきっかけにして大成功を収めたものもあります。
 この後しばらく続けて、エキサイティングな1980年代に情報通信システムの開発に携わる幸運に恵まれた技術者の一人として体験した、当時の世界の動きと現状を見比べながら、いろいろなテーマを取り上げたいと考えています。

都丸敬介(2012年1月5日)



なんでもマルチメディア(643):宅内直流給電

家庭やオフィスの電力供給(給電)は100Vあるいは200Vの交流が一般的です。国によって電圧や周波数にばらつきがありますが、どこの国でも交流給電が基本です。これに対して、直流給電の研究が最近目立つようになりました。2009年11月に日本国内で発足した「宅内直流給電アライアンス」という業界団体の検討内容は家庭内直流給電のモデルとして興味があります。

多くの情報通信機器や電気製品は、電力会社から供給される交流電力を、機器ごとに内部で直流電力に変換して使っています。このために生じる無駄な電力を減らすと同時に、機器の小型軽量化や発熱を抑えるのに直流給電は効果があります。直流給電装置にバッテリーを組み込むと、長時間の停電対策になるばかりでなく、屋根に設置した太陽光発電の電力を効果的に利用できます。

電話局やコンピューターセンターでは、以前から直流給電による無停止給電が行われています。したがって、直流給電技術の蓄積はかなりあるはずです。家庭用として、30V程度の低電圧系と300V程度の高電圧系の2系統を設けることが検討されているようです。電気機器の実現方法の標準化や安全性の検討にどのくらいの時間がかかるかわかりませんが、宅内直流給電は広範囲の産業に大きな影響をもたらすビッグプロジェクトになると思えます。

都丸敬介(2011年11月29日)

なんでもマルチメディア(642):不明確な数値

2011年9月29日に、ソフトバンクモバイルが「ソフトバンク4G」という、最大伝送速度が110Mビット/秒の日本国内最高速の無線データ通信サービスを11月に始めると発表しました。携帯電話各社は無線アクセス回線サービスの高速化を競っていますが、最大伝送速度の数値だけではサービス品質の評価はできません。

最大伝送速度の公称値は技術的に正しいとしても、実効的な伝送速度は無線基地局とユーザー端末の間の距離やデータの送り方などによって大きく変化します。2003年頃から、電話用ケーブルを使うADSLの高速化競争が激しくなりました。このときも公称最大伝送速度がはなばなしくアピールされましたが、最大伝送速度が10Mビット/秒でも、40Mビットでも、ケーブル長が2km程度になると、実効的な最大伝送速度はほとんど差がなくなるということは説明されませんでした。
月間技術雑誌「日経コミュニケーション」の2011年2月号に掲載された、最大伝送速度が40Mビット/秒の高速無線通信サービスの性能測定実験データによれば、実効データ伝送速度は6Mビット/秒程度です。

ユーザー端末をつなぐアクセス回線の伝送速度はどの程度であれば十分かということは、1990年代初期から議論されてきた問題ですが、サービス利用者が理解できるような明確な数値は示されていません。アプリケーションの種類や使い方によって、必要な伝送速度の値が異なりますが、典型的な事例について、サービス提供者とサービス利用者の両方が納得できる数値が示されないと、意味のない宣伝合戦が続きます。

都丸敬介(2011年10月3日)

なんでもマルチメディア(641):M2M通信

ハンドレッドクラブの事務局を務めている海老塚さんが主催する、6月30日のBINET戦略セミナーのテーマが「M2M通信とワイアレス・スマートグリッド」となっています。

 M2M(マシン・ツー・マシン)通信は機械同士がデータをやりとりする通信のことです。M2M通信はデータ処理ネットワークシステムや多数のセンサーを配置したデータ収集システム、遠隔制御システムなどの多くの分野で以前から行われてきたことですが、”M2M”という言葉が使われるようになったのは比較的最近のことです。

 IEEE(米国電子学会)が発行している論文誌の1つ”IEEEコミュニケーションズ・マガジン”の2011年4月号にはM2Mの特集記事が掲載されています。記事の1つでは、M2Mの使用例として、セキュリティーと公衆安全、スマートグリッド、追跡、車両テレマティクス、支払い、健康管理、遠隔保守と制御、および消費者機器を挙げています。ホームM2Mネットワークをテーマにした記事もあります。

 M2Mの適用分野が急速に広がった背景には、高速無線通信技術の発達と普及があり、”モバイルM2M”という言葉も使われています。M2M通信ネットワークで運ばれるデータの性質は人が関与する通信よりもはるかに複雑です。そして、要求されるデータ伝送性能、通信継続時間、信頼性、サービス品質、安全性、通信コストなどの要件が多様化します。

 M2Mを、一過性の流行語ではなく、新しい社会を創る汎用的な基礎として実現することを願います。

 

都丸敬介(2011年5月31日)

なんでもマルチメディア(640):文明災

4月14日に官邸で開かれた東日本大震災関連会議で、著名な哲学者の梅原猛氏が「福島原発の事故は文明災だ」と指摘されたことから、「文明災」についての議論がにぎやかになっています。

 4月15日の朝日新聞には、「私は『文明災』だと思う。原発が人間の生活を豊かにし、便利にする。その文明がいま裁かれている」と指摘したとあります。これだけの文章では、梅原氏が何を言おうとしたよくわかりませんが、別のインタビュー記事には「原発の事故は、近代文明の悪をあぶりだした。これは天災であり、人災であり、「文明災」でもある」と語ったとあります。

 文明の進歩が重大なマイナスの側面を伴っているのは常にあることです。原発が危険な放射線の発生源になることは最初から分かっていたことであり、その対策が重視されてきたけれども、それが十分でなかったために、深刻な状態になったのです。
人の生活を支え、便宜をもたらす多くの文明は常にマイナスの側面を伴っています。最近発生した、ソニーのプレイステーション・ネットワークからの、7,000万件の個人情報漏えいも一種の文明災と言えるでしょう。

  大震災からの復興のために取り組むべきことの1つが東京電力の電力供給能力不足を補うことです。日経エレクトロニクス(2011年4月8日号)に、周波数が違うために東日本では利用が難しい西日本の余剰電力を、東日本の電力消費者に直接供給する方法の提言記事がありました。これを実現するためには法律の改定が必要になるでしょう。目の前で電力不足問題が起こったのを契機に、このような長年の懸案事項を解決することが大切ではないでしょうか。

都丸敬介(2011年4月28日)

なんでもマルチメディア(639):災害に学ぶ

東北関東大震災で大きな被害を受けた方々には申し上げる言葉もありません。この大災害が発生した直後には、地震や津波について「想定外の規模」という言葉が繰り返して使われました。その後、地震発生から2週間たっても沈静の行方が見えない福島原子力発電所のトラブルについて、「これは人災だ」という声が大きくなってきました。

 何を指して人災と決めつけられるかというのは難しいことですが、福島原発の報道を追っていると、トラブルの原因が「想定外の災害規模」よりも、「想定してなかったこと」にあるように思えます。

 私も現役時代には開発を担当した情報通信システムのトラブルに何度も遭遇しました。トラブルの原因には、設計条件よりも大きな負荷あるいはストレスによることと、考えてもなかった現象によることがあります。前者は考えが甘かったことに起因し、後者は知恵や配慮が足りなかったことに起因します。どちらも人災ですが、開発当事者の責任は後者のほうが重大です。しかし、トラブルに出会った経験がないと、知恵や配慮はなかなか生まれてきません。現実に出会う機会が少ないトラブルについての知識を得るには、過去の出来事に学ぶことが効果的です。

 福島原発の事故に学んで、各地の原発で設備の見直しや災害訓練が始まっているようです。日本では今後も原発は必要だと思われます。今回の経験を生かして、日本が世界中の原発の安全性に貢献できるようになることを願います。

都丸敬介(2011年3月30日)