昨日(2007年8月11日)の日本経済新聞に、「固定電話 全国一律制09年廃止 総務省方針 IP網へ移行促す」という見出しの記事がありました。内容は、「NTTの固定電話の全国一律サービス(ユニバーサルサービス)制度を打ち切る方針だ」ということであり、技術の変化と進歩の状況を考えると、画期的な政策の転換とも思えません。
この記事を読んで、「固定電話からIP電話への移行」という文脈で問題を解説していることが気になりました。「固定電話」は「携帯電話」あるいは「移動体電話」に対置する言葉であり、IP電話という技術に基づく用語とは性格が異なります。執筆者がこうした基本的なことをしっかり把握していないためか、記事の内容には何カ所かあいまいな記述がありました。
既存の固定電話では、個々のユーザーと電話局をつなぐアクセスネットワークと呼ぶ通信回線設備として、銅線のメタリックケーブルを使っています。携帯電話のアクセスネットワークは無線通信方式なので、携帯電話の普及が進んで固定電話のユーザーが減ると、メタリックケーブルを使うアクセスネットワークの維持コストの確保が難しくなります。この対策として、経済的な光ファイバー・アクセスネットワークの導入や、固定無線アクセスネットワークの導入が進んでいます。
NGN(次世代ネットワーク)構想では、電話だけあれば良いというユーザーから、高速インターネット利用や映像番組配信を希望するユーザーまでの幅広いニーズに柔軟に対応できる技術として、高速IP通信技術を選んでいます。このことがもたらす本質的な効果を、「固定電話対IP電話」という文脈ではなく、多面的に分析した解説記事を期待します。
都丸敬介(2007.8.12)
カテゴリー: TOMARU
なんでもマルチメディア(509):情報通信システムの信頼性
通信事業者や航空会社などの社会を支える企業で、サービスに直結する情報通信システムの長時間障害が続いています。新聞報道によると、5月23日にNTTグループで発生したIP電話サービスの長時間障害の原因は、 設備に対する命令を大文字入力すべきところ、小文字入力したためだったということです。マニュアルには小文字の使用を禁止することが書かれていたけれども、誤入力を検出して警告を出す機能がなかったというのですから、誤入力をした人以上に、このようなシステムを提供したシステム設計者の資質が問われます。
こうした些細な人為的なミスが大きなシステム障害を引き起こした事例は多数あります。そして、過去の経験に基づくシステムの信頼性や安全性設計の方法が技術教科書に記されています。それにも関わらず大きなシステム障害がなくならないのは困ったことです。
故障や異常動作が発生したときの安全性を考慮したフォールト・トレラント・システムには、フェールセーフ、フェールソフト、フールプルーフなどの動作モードがあります。システム設計では、システムのどの部分あるいはどの機能にはどの動作モードを適用するかを決めます。こうしたことが個々のシステムでどうなっているのかを検証するには大きな労力と知力が必要ですが、問題意識をもっていない人や組織は、いつまでたってもトラブルを防ぐことができません。技術が発達すればするほど、危機管理教育の重要性が大きくなります。
都丸敬介(2007.6.3)
なんでもマルチメディア(507):NGNの意義
NTTがNGN(次世代ネットワーク)のフィールドトライアルを始めてから、間もなく5ヶ月になります。1年前と比較すると、NGNをキーワードとする新聞や雑誌の記事がめっきり減りました。NGNは通信事業者のコアネットワーク(基幹ネットワーク)を中心とする設備の技術であり、これを利用するアプリケーションサービスではありません。コアネットワークが変わっても、それによって画期的な新サービスが出現するのでなければ、情報通信サービスの利用者にはその変化が分かりません。
それでは通信事業者が何故NGNの開発と構築に巨額の投資をするのかというと、サービスコストの大幅な削減と、通信ネットワークの利用方法の多様化に対して迅速かつ柔軟に対応できるようにすることといえます。
NGNの基本は、電話交換網の技術として確立した回線交換方式を、インターネットの技術として確立したIPパケット交換方式に切り換えることです。輸送網に当てはめると、鉄道網を廃止して自動車網に切り換えることに相当します。鉄道網が衰退して自動車網が発達した最大の理由は利用時の時間や場所の制約が少ないことです。反面、自動車網では渋滞が発生すると目的地に到着するまでの時間が大きくなるというサービス品質の低下が生じます。
NGNはIPネットワークの弱点であるサービス品質や安定性を固定電話網並みに改善し、さらに利用条件に大きな自由度をもたせるものです。NGNを利用する新しいビジネスを生み出すためにはNGNの仕組みや特徴について理解を深める必要があります。
都丸敬介(2007.5.15)
なんでもマルチメディア(505):ギガの時代
情報通信システムの重要な性能指標の単位が、メガ(M:100万)からギガ(G:10億)へと拡大する動向が顕著になってきました。具体的には、通信ネットワークの通信速度(データ伝送速度)と、パソコンを始めとする情報機器のメモリー容量があります。
ブロードバンドネットワークの普及によって、アクセスネットワークの通信速度が数10kビット/秒から数Mビット/秒に改善されてからまだ10年程度しか経っていませんが、すでに1Gビット/秒以上のサービスが提供されています。そして、通信事業者のコアネットワークの通信速度は、研究段階ではテラ(T:1兆)ビット/秒に達しています。
先頃発売になったパソコン用OSのウインドウズ・ビスタは、快適な動作に必要なメインメモリーの容量が1Gバイトとなっています。パソコンの普及が進んだ時代には、データを持ち運ぶための主役だったFD(フロッピー・ディスク)の記憶容量が1.4Mバイトでした。これに対して、現在広く使われているUSBメモリーの記憶容量は1Gバイトを超しました。
通信速度やメモリー容量がメガからギガに拡大した背景には、これらを実現するための技術進歩があります。この分野では、マイクロ(100万分の1)からナノ(10億分の1)へと微細化が進んでいます。LSIの微細加工技術や光ファイバー通信で使う光信号の処理はナノメートルを単位として語られるようになり、高速通信技術の制御時間の単位としてナノ秒が使われるようになりました。
これらの技術進歩が、ノーベル賞級のブレークスルー技術によらずに次々に実現されていることは驚くべきことです。この調子で進歩が続くと、2010年頃には生活や産業の分野で大きな変化が起こると予想されます。
都丸敬介(2007.4.30)
なんでもマルチメディア(503):ポケベルの終焉
今年(2007年)3月31日に、NTTドコモのポケベル・サービスが終わりました。ポケベルという用語は、NTTが付けた「ポケットベル」という名称が語源で、国際的な標準用語はページャーです。ポケベル・サービスが始まったのは1968年であり、1995年頃にはNTTグループ以外の事業者を含めて、国内のユーザー数が1,000万を超えました。この頃がユーザー数のピークで、携帯電話やPHSの普及とともに急速に衰退しました。NTTドコモは、2001年1月にポケットベルをクイックキャストに改名して、新しいサービス機能を追加しましたが、ユーザー数の減少を止めることはできなかったようです。
消えていくサービスがある一方では、新しく生まれたサービスがあります。その一つがFONです。これは無線LANを複数のユーザーが共用する仕掛です。インターネットのユーザーが利用できる、公開されている無線LANとして、いわゆるホットスポット・サービスがありますが、FONはユーザーの宅内に設置した無線LANの設備を他のユーザーが利用するものです。世界で最初のサービスが英国で始まり、日本では2006年12月にサービスが始まりました。既存の無線LANとは異なる専用の設備が必要ですが、個人のユーザーが用意した設備を他人が使うことができるという意味で、情報通信ネットワークの新しい発展方向を示唆しています。他のユーザーの機器を利用して無線中継をおこなうアドホック・ネットワークの研究開発も活発になっています。
都丸敬介(2007.4.8)
なんでもマルチメディア(500):パソコンソフトの地殻変動
文書作成、表計算、スライド作成といったパソコンの標準的な機能を実行するソフトウェアの分野では、マイクロソフト社が圧倒的に大きい市場占有率を確保していますが、この状態に大きな変化をもたらす新たな競争が始まりました。
Word、Excel、PowerPointといったマイクロソフトの製品は3点セットで5万円くらいしますが、今年2月から3月にかけて、3分の1から10分の1程度の格安類似商品が次々に発売されました。インターネットを利用してダウンロードすれば、無償で使えるものもあります。これらのプログラムに共通していることは、マイクロソフトの製品とデータファイルの互換性があり、パソコンの操作画面もほとんど同じことです。部分的には、マイクロソフトの製品よりも優れた機能があります。
同じようなことが写真や画像処理のソフトウェア分野でも起こっています。この分野では、アドビー社のPhotoshop Elementsというソフトウェアがリーダー格で、多くの優れた機能を備えています。このソフトウェアはかなり高額ですが、5分の1程度の安価な類似商品が最近発売になりました。
こうした動向は、助成金がないボランティア活動のパソコン教室にとっては嬉しいことです。高齢者に大きな負担をかけることなく推奨できるソフトウェアが出現したことで、カリキュラムの範囲を大きく広げることができ、多くの受講者に喜ばれています。
都丸敬介(2007.3.14)
なんでもマルチメディア(499):パソコンの消費電力
世界的な異常気象が続き、地球の温暖化対策の議論が一段と活発になってきましたが、パソコンやインターネットの世界的な普及によって、全世界の電力消費量がどれだけ増えたのかというデータを見かけたことがありません。インターネットでパソコンの消費電力関係の情報を検索すると、電気料金がいくらかかるかという記事が大部分であり、冷蔵庫を始めとする家電機器と比べると、パソコンの電気代はかなり少ないという指摘で終わっています。
最近のパソコンは、ブロードバンド・インターネット・サービスと連携する情報家電製品への変化が顕著に進んでいます。こうなると、ユーザーが直接支出する電気代だけでなく、情報通信ネットワーク全体の消費電力量を考えなければなりません。
技術の進歩と設計者の努力によって、機能の大幅な向上にもかかわらず、個々のパソコンの消費電力は減ってきました。それでもなお、必要以上にエネルギーを消費していると考えられる部分があります。その一つが、ソフトウェアの肥大化に伴うことです。大部分のユーザーが使うことがないような機能によって、飛躍的に大規模なったソフトウェアを組み込んだときに性能が低下するのを防ぐために、ハードウェアの高性能化が進んでいますが、これは消費電力の増加の原因になります。1台のパソコンの消費電力の増加分は僅かでも、莫大な数のパソコンの総消費電力の増分は無視できないはずです。
都丸敬介(2007.3.5)
なんでもマルチメディア(496):シニアのインターネット
書斎の窓から見える小さな梅林の梅花が三分咲きほどになりました。毎年のことでありながら、改めて新鮮な感じを受けます。講師を務めているシニア対象のパソコン教室でも、毎回新たな学習者の反応を感じています。
「インターネットの情報閲覧」をテーマにした講座で、「近所の子供さんに、インターネットって何、と聞かれたらどう説明しますか」と受講者に質問したところ、「孫を連れてきて説明させる」という発言があり、皆で大笑いしました。
初級クラスの受講者の半分程度、上級クラスの受講者の全員がインターネットを利用していますが、ポータルサイトの特徴や欲しい情報を確実に探し出す方法についてはほとんど知らないというのが実態です。小中学生だと、友達同士で情報交換をしながらいろいろな情報を探しますが、こうした情報交換の機会が少ないシニアクラスには、ある程度の基本的な仕組みを体系的に説明することが効果的であると実感しています。
一通りの説明をした後で、たっぷり時間を取って、自由な情報閲覧の実習を行ったところ、次々にいろいろな発見があり、教室の雰囲気が大いに盛り上がりました。質問に答えながら、どのような情報に関心があるのかを見ていると、これまで気が付かなかったことが浮かび上がってきます。まだインターネットを利用していないご夫婦が、互いに見つけた情報を話題にしている姿を見て、インターネットの効用の一面を認識しました。
都丸敬介(2007.2.5)
なんでもマルチメディア(494):企業の技術力
新年早々、米アップルが新製品の携帯電話「iPhone」を発表して話題になっています。解説を見ると、携帯電話機の大きさの汎用的な情報通信端末といった感じです。同時に社名を従来のアップルコンピューターからアップルに変えたことに、パソコンメーカーから変身した意気込みが感じられます。
マイクロソフトのウインドウズ95を初めて使ったときに、ようやくアップルに近づいてきたという印象をもちました。それから10年以上経って発売されたウインドウズ・ビスタが注目されていますが、まだアップルを追い越す状態にはなっていないようです。
米国の2006年の年間取得特許件数ランキングを見ると、マイクロソフトが12位に入っていますが、アップルは20位以内に入っていません。日本企業は20位以内に9社が入っていますが、インターネットの構成機器のトップ企業である米シスコ・システムズは入っていません。世界有数の研究所をもっている通信事業者も20位以内には1社も入っていません。
特許取得件数が企業の技術力の評価指標に使われることがよくありますが、特許には、製品として利益を生み出す攻撃的な特許と、製品に反映する予定がない防衛的な特許があります。出願件数や取得件数が多い企業の特許には、防衛的な特許が多く含まれる傾向があります。特許の出願や登録された特許の維持にはかなり大きなコストがかかりますが、取得した特許を企業の利益に活かすのは簡単なことではありません。特許取得件数ランキングの上位に入っていない企業の特許戦略には興味があります。
都丸敬介(2007.1.15)
なんでもマルチメディア(493):NGNへの期待
昨年(2006年)11月、NTTがNGN(次世代ネットワーク)の現場試験(フィールド・トライアル)を始めました。この試験開始の数ヶ月前から情報通信関係の雑誌や学会誌でNGN関係の記事が目立ち始め、単行本もいくつか出版されました。
NGNの基礎はブロードバンドIPネットワークです。ある新聞で、「NGNに熱心なのは日本とヨーロッパの一部の通信事業者だけであり、米国ではほとんど関心がない」という趣旨の記事を見たことがありますが、1980年代に実用になったISDNでも同じようなことがありました。
NGNが産業や社会生活にもたらす影響はISDNよりもはるかに大きく、これによって新しい時代が始まると考えられます。NGNは1980年代から行われてきた多くの研究開発と失敗を含む経験の集大成といえます。「ブロードバンドIPネットワークは、ADSLやFTTHといった高速アクセス回線を使うインターネットとして、すでに実現されているではないか」という人もいますが、NGNに対する大きな期待はサービス品質保証が加わることです。現代社会を支える情報通信基盤あるいは情報流通基盤には、災害や異常事態が発生したときの堅牢性とサービス品質の保証が求められます。携帯電話やインターネットの発展の陰で衰退が進む固定電話の大きな長所は堅牢性とサービス品質保証です。
NGNの技術を見ると、インターネットの弱点を解決することに力を入れていることが分かります。NGNの本格的な普及が進むとされている2010年にどのような状態になるのか、結果を見るのが楽しみです。
都丸敬介(2007.1.8)