なんでもマルチメディア(647):次世代ネットワークの胎動

 

インターネットとブロードバンド回線の普及によって、通信と放送の融合が本格的に始まりました。この結果、情報流通基盤である通信ネットワークのトラフィック量が爆発的に増えて、いろいろなトラブルが発生しています。

 


 現在は、通信ネットワークの基本が、古典的な回線交換方式からパケット交換方式の一種であるIPネットワークに移行する過渡期にあります。高速IPネットワークは汎用的な情報流通に適した優れたシステムですが、もともとコンピューターが扱うデータの流通を対象とした技術であり、テレビジョンのような連続的なデータを効率よく配信するためには改善しなければならない課題があります。

 


 放送の特徴は、1つの送信元で発生した情報を世界中に同時に配信することです。インターネットでも1つのウェブサイトに多数のユーザーが同時にアクセスすることがあります。このために、世界規模のコンテンツ配信網(CDN)が実現していますが、既存のCDNは放送の配信には適していません。

 


 既存のCDNでは、多数の配信用サーバーに元のウェブサイトの情報のコピーを用意して、ユーザーを最寄りの配信用サーバーにつなぎますが、この方法は常に内容が変化する放送には使えません。

 


 最近の海外の論文から、この分野での研究の成果が実用の段階に近づいた様子が見えます。その1つが、ネットワークで運ぶ情報の種類に基づいて、トラフィック制御を行う技術の適用です。この分野で日本が世界のリーダーになることを期待します。

 


都丸敬介(2012215)


なんでもマルチメディア(646):NTTドコモの大事故

2012年1月25日にNTTドコモで大規模の通信障害が発生しました。同社では2011年12月20日にも大規模の障害が発生しました。今回の事故はスマートフォン(スマホ)の急速な普及拡大に対処するために更新したパケット交換機の処理能力不足であり、通信量(トラフィック)の増大を過小評価したという説明がありました。

通信ネットワークは、データを運ぶリンク(通信回線)と、通信を制御するノード(交換機やサーバー)に大別されます。過大トラフィックによる通信障害というと、一般にはリンクの容量不足が考えられますが、今回の障害と12月の障害は、いずれもノードの処理能力不足に起因したことです。

 テレビや新聞の解説では具体的な事故発生原因はわかりませんが、インターネット技術の根幹であるIPアドレスの使い方が絡んでいると考えられます。現在使われているIPv4(IP第4版)のアドレス数が足りなくなる可能性が1980年代に指摘され、1990年代にはIPアドレス数を大幅に拡大したIPv6の規格が制定されました。しかし、IPv6の普及は進んでいません。

 すべてのスマホにIPv6アドレスを固定的に割り当てて運用するならば、NTTドコモで発生したような深刻な障害を防ぐことができるはずです。さらに、スマホの応用分野の拡大にも効果があります。

 BIネット主催のセミナーあるいは研究会で、この問題を取り上げて徹底的に議論すれば、世界をリードする新しい潮流を生み出すきっかけになると考えます。

都丸敬介(2012年1月27日)

なんでもマルチメディア(645):電気通信事業法

1980年代に実現した、情報通信の分野の革命的な出来事の1つに電気通信事業法の施行があります。1985年4月1日に施行されたこの法律によって、だれでも電気通信事業に参入できるようになりました。電気通信事業は社会を支える重要なインフラであることから、国内通信は日本電信電話公社、国際通信は国際電信電話株式会社の独占事業だったのが、この法律によって自由化されました。

この法律では通信回線設備を備えている第一種電気通信事業者と、第一種電気通信事業者から通信回線設備を借りてユーザーに又貸しする第二種電気通信事業者の区分けがありました。そして、日本全国で多数の第二種電気通信事業者が生まれました。この法律の施行から1年たった頃、郵政省(当時)の幹部の一人が「1つの法律の施行によって、1年間に千を超す会社が生まれたことは前例がない」と胸を張っていたことを覚えています。

 この後、2003年に電気通信事業法の大幅改正があり、現在では第一種と第二種の区分がなくなりました。日本ではインターネットサービスプロバイダー(ISP)は電気通信事業者として扱われているので、事業を始めるときは総務省に届出をすることになっています。

 1985年当時の電気通信はアナログ電話が中心であり、ファクシミリや文字データを扱うデータ通信が始まったばかりでした。その後、電話のディジタル化や携帯電話、インターネット商用サービス、通信回線のブロードバンド化などが急速に進み、現在もさらなる発展が続いています。同時に、情報通信を悪用した犯罪行為を始めとする新たな社会問題が続出しています。新しい時代の起爆剤になるような健全な政策が情報通信の分野でも求められますが、残念なことにその芽はまだ見えません。

都丸敬介(2012年1月11日)

なんでもマルチメディア(644):1980年代と今

新しい年が始まりました。今、日本は多くの難問を抱えて、明るさを失った状態にあります。ハンドレッドクラブ発足のきっかけは、1984年9月に実施された”欧州テレトピア調査団”です。1980年代は日本が敗戦後のどん底の状態から這い上がって、ようやく経済大国として世界に認められた時代です。しかし学ぶことが多く、世界のリーダーという状態ではありませんでした。

 テレトピアは1983年に郵政省が提唱した地域情報化構想です。同じ年に通商産業省はニューメディア・コミュニティという地域情報化構想を提唱していました。これらの構想が一斉に生まれた背景には、通信ネットワークのデジタル化、コンピューターの利用分野の拡大、マルチメディア情報通信技術の発展などがあります。そして、多くの夢が次々に現実のものになり始め、今ではインターネットや多目的モバイル通信などの1980年代に実用化された技術が日常生活や産業を大きく変えました。しかし、全ての夢が実現されたわけではありません。

 技術開発の経緯を見ると、最初の構想が成功した後にいろいろな枝が伸びて大木になったもの、一旦は成功したけれども短期間で陳腐化して姿を消したもの、大きな話題になったけれども日の目を見なかったものなどがあります。成功体験は貴重な教訓になりますが、成功の代償として犠牲が出ることもよくあります。当初は成功しなかったけれども、何かをきっかけにして大成功を収めたものもあります。
 この後しばらく続けて、エキサイティングな1980年代に情報通信システムの開発に携わる幸運に恵まれた技術者の一人として体験した、当時の世界の動きと現状を見比べながら、いろいろなテーマを取り上げたいと考えています。

都丸敬介(2012年1月5日)



なんでもマルチメディア(643):宅内直流給電

家庭やオフィスの電力供給(給電)は100Vあるいは200Vの交流が一般的です。国によって電圧や周波数にばらつきがありますが、どこの国でも交流給電が基本です。これに対して、直流給電の研究が最近目立つようになりました。2009年11月に日本国内で発足した「宅内直流給電アライアンス」という業界団体の検討内容は家庭内直流給電のモデルとして興味があります。

多くの情報通信機器や電気製品は、電力会社から供給される交流電力を、機器ごとに内部で直流電力に変換して使っています。このために生じる無駄な電力を減らすと同時に、機器の小型軽量化や発熱を抑えるのに直流給電は効果があります。直流給電装置にバッテリーを組み込むと、長時間の停電対策になるばかりでなく、屋根に設置した太陽光発電の電力を効果的に利用できます。

電話局やコンピューターセンターでは、以前から直流給電による無停止給電が行われています。したがって、直流給電技術の蓄積はかなりあるはずです。家庭用として、30V程度の低電圧系と300V程度の高電圧系の2系統を設けることが検討されているようです。電気機器の実現方法の標準化や安全性の検討にどのくらいの時間がかかるかわかりませんが、宅内直流給電は広範囲の産業に大きな影響をもたらすビッグプロジェクトになると思えます。

都丸敬介(2011年11月29日)

なんでもマルチメディア(642):不明確な数値

2011年9月29日に、ソフトバンクモバイルが「ソフトバンク4G」という、最大伝送速度が110Mビット/秒の日本国内最高速の無線データ通信サービスを11月に始めると発表しました。携帯電話各社は無線アクセス回線サービスの高速化を競っていますが、最大伝送速度の数値だけではサービス品質の評価はできません。

最大伝送速度の公称値は技術的に正しいとしても、実効的な伝送速度は無線基地局とユーザー端末の間の距離やデータの送り方などによって大きく変化します。2003年頃から、電話用ケーブルを使うADSLの高速化競争が激しくなりました。このときも公称最大伝送速度がはなばなしくアピールされましたが、最大伝送速度が10Mビット/秒でも、40Mビットでも、ケーブル長が2km程度になると、実効的な最大伝送速度はほとんど差がなくなるということは説明されませんでした。
月間技術雑誌「日経コミュニケーション」の2011年2月号に掲載された、最大伝送速度が40Mビット/秒の高速無線通信サービスの性能測定実験データによれば、実効データ伝送速度は6Mビット/秒程度です。

ユーザー端末をつなぐアクセス回線の伝送速度はどの程度であれば十分かということは、1990年代初期から議論されてきた問題ですが、サービス利用者が理解できるような明確な数値は示されていません。アプリケーションの種類や使い方によって、必要な伝送速度の値が異なりますが、典型的な事例について、サービス提供者とサービス利用者の両方が納得できる数値が示されないと、意味のない宣伝合戦が続きます。

都丸敬介(2011年10月3日)

なんでもマルチメディア(641):M2M通信

ハンドレッドクラブの事務局を務めている海老塚さんが主催する、6月30日のBINET戦略セミナーのテーマが「M2M通信とワイアレス・スマートグリッド」となっています。

 M2M(マシン・ツー・マシン)通信は機械同士がデータをやりとりする通信のことです。M2M通信はデータ処理ネットワークシステムや多数のセンサーを配置したデータ収集システム、遠隔制御システムなどの多くの分野で以前から行われてきたことですが、”M2M”という言葉が使われるようになったのは比較的最近のことです。

 IEEE(米国電子学会)が発行している論文誌の1つ”IEEEコミュニケーションズ・マガジン”の2011年4月号にはM2Mの特集記事が掲載されています。記事の1つでは、M2Mの使用例として、セキュリティーと公衆安全、スマートグリッド、追跡、車両テレマティクス、支払い、健康管理、遠隔保守と制御、および消費者機器を挙げています。ホームM2Mネットワークをテーマにした記事もあります。

 M2Mの適用分野が急速に広がった背景には、高速無線通信技術の発達と普及があり、”モバイルM2M”という言葉も使われています。M2M通信ネットワークで運ばれるデータの性質は人が関与する通信よりもはるかに複雑です。そして、要求されるデータ伝送性能、通信継続時間、信頼性、サービス品質、安全性、通信コストなどの要件が多様化します。

 M2Mを、一過性の流行語ではなく、新しい社会を創る汎用的な基礎として実現することを願います。

 

都丸敬介(2011年5月31日)

なんでもマルチメディア(634):コンテナ型データセンター

インターネットで扱われるデータ量の爆発的な増大や、クラウドコンピューティングサービスの拡大に伴って、IT企業のデータセンターの巨大化が進んでいます。従来のデータセンターは、空調や電源供給、防災、防犯などの設備が整った大きな建物の中に情報通信機器を設置する形態が一般的でしたが、最近はコンテナ型が注目されています。すでに海外では巨大なコンテナ型データセンターが稼働しており、日本国内でも建設が始まっています。

 コンテナ型データセンターは輸送用コンテナの中に多数の小型サーバーを組み込んだものです。コンテナ型情報通信設備は新しい発想ではなく、30年以上も前にNTTがコンテナ型の無人電話交換局を日本全国に設置したことがあります。メーカーの工場でコンテナに組み込んだ電話交換機を組み立てて、そのまま設置場所まで牽引するというものでした。

 現在IT企業がコンテナ型データセンターに注目しているのは、建設や運用面の長所に加えて、大きな省エネ効果の実現です。データセンターなどで、全体の電力消費量を情報通信機器の電力消費量で割った値をPUEpower
usage effectiveness
)といいます。

 日本国内のデータセンターのPUE2.32.5と言われています。空調や照明などの付随的な電力消費量が非常に大きいのです。コンテナ型データセンターは、コンテナを屋外に置く外気冷却方式によって、PUE1.2を実現できるということです。

 日本では、昨年8月に国土交通省がコンテナ型を建築基準法による規制対象から除外したので、国内各地でコンテナ型データセンターの設置計画が進むようです。

都丸敬介(201116)

なんでもマルチメディア(632):FMCからFMBCへ

この小文のタイトルである“マルチメディア”は、1980年代に盛んに使われるようになった言葉です。当時のマルチメディアの具体的な内容は、電話網を利用する音声通信(電話)と画像通信(静止画)およびデータ通信(文字)の融合でした。この時代から20年を経過した現在、ブロードバンド・インターネットを情報流通基盤とするマルチメディアの新たな発展が始まっています。

 その1つがFMC(固定通信と移動体通信の融合)であり、その発展形態としてFMBC(固定通信、移動体通信、および放送の融合)という言葉が生まれました。FMCの具体例として、1つの端末を家の中では固定電話網につなぎ、家の外では携帯電話網につなぐというのがあります。どちらの使い方でも電話番号は変わらないというのが重要なことです。

 携帯端末の機能が発展した現在でもFMCの実現は簡単なことではありません。その理由の1つが高いレベルのサービス品質の維持です。サービス品質にはサービスのアベイラビリティ(可用性、稼働率)や故障率といった、社会基盤としての信頼性にかかわる項目のほかに、体感品質(QoE)という使いやすさにかかわる項目があります。

 最近のパソコンは無線回線接続機能やテレビジョン・チューナーを内蔵している機種が多くなり、インターネットにつなぐだけで、ある程度のFMBCを実現しています。しかし、理想的なFMBCへの道のりはまだ遠いという感じです。

 FMCが社会基盤として本格的に実現する時期やそこにいたるシナリオはまだ見えていません。こうしたことが明確になると、新たな産業の成長が期待できます。

都丸敬介(20101214)

なんでもマルチメディア(630):インターネット・ビジョン

コンピューターの応用研究分野に「コンピューター・ビジョン」というのがあります。インターネット上の百科事典ウィキペディアでは、コンピューター・ビジョンを「大雑把に言って「ロボットの目」を作る研究分野である」と説明しています。この説明では具体的なことが分かりませんが、おおむね、静止画や動画のデータを集めて自動分析し、3次元認識や動画像認識を行うことを総称しています。

 このことに関連して、IEEE(米国電気電子学会)が20108月発行の論文誌で「インターネット・ビジョン」の特集を組んでいます。この言葉はまだウィキペディアには見当たりませんが、コンピューター・ビジョンとインターネットを結び付けることによって、新しい可能性や価値を生み出すものと言えます。

 たとえば、インターネット上にある莫大な量の写真を集めて、観測対象をいろいろな方向や距離から見た形に加工することや、時間的な変化を表示することの研究が行われています。このような技術が進歩すると、いままで見えなかったものが見えるようになる可能性があります。そして、新しい社会システムや産業に発展することが期待できます。

 残念ながらこの特集号の論文執筆者には日本人が一人も見当たりませんでしたが、現役世代の研究者や企業のリーダーにも関心をもってもらいたいテーマの一つです。

都丸敬介(2010820)