なんでもマルチメディア(437):eブック

書店で目についた「レイジング・アトランティス」(ハヤカワ文庫)という小説を、その題名にひかれて読みました。
 南極大陸を覆う氷が崩壊してその下からアトランティス大陸の都市が現れ、その中心にあるピラミッドは地球外の宇宙船だったという、古代エジプト文明やキリスト教の創世記と現在のバチカンなどが絡み合ったSFアクション小説です。ビデオゲーム感覚の超現実的な内容ですが、いろいろな史実を上手に組み入れて、テンポよくストーリーを展開しています。
 内容はともかく、この小説が生まれた経緯に興味を持ちました。これは2002年にamazon.comのeブックとして出版されてベストセラーになり、その後2005年にペイパーブックとして出版されたということです。このような出版形態がこれから急速に拡大するのかもしれません。日本でもインターネットによるeブック(電子ブック、電子出版)の流通が活発になってきました。大きなコストがかかる自費出版や、出版される確率が小さい懸賞小説と比べて、小説家を目指す多くの人たちにとって、eブックの環境は作品をアピールする絶好の場といえるのでしょう。
 検索連動型広告のように、広告を組み合わせて、読者がアクセスした回数に比例した印税のような金額を、広告料金の中から著者に支払うようにすれば、読者は気楽に無料で気に入った作品を見つけることが可能です。こんなことを考えていると、出版業界の大きな変革が見えてきます。
都丸敬介(2005.12.18)

なんでもマルチメディア(436):知的資産

携帯電話を始めとする小型情報通信機器が巨大な産業になっていますが、最終製品の組立産業は価格競争が激しく、多くの企業が苦戦しているようです。大きな利益を上げているのは、機器に組み込まれるLSI(大規模集積回路)とソフトウェアを提供している企業です。その理由は、機能モジュールとして最終製品に組み込まれるハードウェアやソフトウェアが非常に複雑になり、簡単にまねができなくなったために寡占化が進んだことです。
 現在のLSIは、2mm角程度のチップの中に、100万以上のトランジスターが組み込まれています。ソフトウェア・モジュールはプログラムの記述行数が100万以上になっています。LSIもソフトウェア・モジュールも、それを機器に組み込む設計者は手を入れることができないブラックボックスになっています。それだけに設計誤りは許されません。
 設計誤り率が100万分の1以下のハードウェアやソフトウェアを設計することは非常に困難です。優秀な設計者がコンピューターを使って設計しても、欠陥がないことを確認して保証できる規模は、トランジスター数あるいはプログラムのステップ数にして1万程度です。トランジスター数が100万のLSIの設計は、ゼロからスタートするのではなく、既存の機能ブロックを組み合わせることになります。このような機能ブロックは重要な知的資産です。欠陥がない多種類の機能ブロックを知的資産として集積している企業のみが、ニーズに応じて100万規模のLSIやソフトウェアを短期間で開発でき、市場競争で優位に立てることがはっきりしてきました。
 簡単にはまねができない規模の知的資産をもっている日本企業がどのくらいあるのか知りませんが、情報通信機器に組み込まれているLSIや大規模ソフトウェアの現状を見ると、将来が心配になります。
都丸敬介(2005.12.11)

なんでもマルチメディア(434):インターネット通販

2年前、地方都市の衰退した商店街を再生するための指導者育成プロジェクトの一環として、幾つかの都市で講義をしたことがあります。このとき、インターネット通販に関心があるけれどもパソコンの操作ができず、身近に設備もない人たちのために、商店街の一部に支援デスクを設けて、通販の商品選択の相談や申込みを代行するというモデルを提示して、受講者の人たちに討論していただきました。どの会場でも、かなり活発な提案や議論がありました。
 その後どうなったかということは聞いていませんが、最近の新聞報道によると、パソコンの初心者を対象とするインターネット通販支援サービスが増えているようです。報道された複数の支援サービスは、いずれもパソコンを操作できる人を対象とする遠隔相談サービスなので、冒頭で説明したインターネット通販の代行支援とは異なりますが、いろいろな形の支援サービスが求められる時代になってきたといえるのでしょう。
 統計データでは、60才以上のインターネット利用率が急速に低下しています。しかし、高齢者の多くはこれからパソコンを入手して操作を覚えようとはしていません。また、パソコン教室に通ったけれども、効果的な利用方法が見つからないので使うのを止めてしまった人が少なくありません。それでも、インターネット通販に対する関心はかなり高いのです。
 個人情報法保護やセキュリティには気をつけなければなりませんが、インターネット通販の支援・代行サービスは、いわゆるディジタル・デバイドの緩和にかなり効果があると考えます。このコラムをお読みになった皆様も、ボランティア活動の感覚で、情報弱者の相談相手になって頂きたいと願っています。
都丸敬介(2005.11.27)

なんでもマルチメディア(433):情報セキュリティ評価基準

これまでに何度か取り上げてきた情報セキュリティ問題がますますエスカレートしています。こうした中で、企業の情報セキュリティに対する取り組みを評価する手段として、、国際的なセキュリティ評価基準を実施するケースが増えてきたことが報じられています。
 情報セキュリティ評価に関する代表的な国際規格がISO/IEC 15408 です。この内容は、JIS X 5070「セキュリティ技術?情報技術セキュリティの評価基準」として日本工業規格になっています。ISO/IEC 15408は国際標準化組織であるISO(国際標準化機構)とIEC(国際電気標準会議)が合同で作成したものですが、これに先立って、米国の国防総省が作成した情報システムのセキュリティ評価基準や、欧州各国の共通セキュリティ評価基準がありました。
 ISO/IEC 15408 (JIS X 5070)は、概要と一般モデル、セキュリティ機能要件、セキュリティ保証要件の3部構成になっています。
 第1部は情報機器やシステムのセキュリティ設計手順や開発の指針となります。
 第2部ではセキュリティの機能要件を11種類に分類して、それぞれの内容を詳しく説明しています。11種類の項目は、セキュリティ監査、通信、暗号サポート、利用者データ保護、識別と認証、セキュリティ管理、プライバシー、評価対象のセキュリティ保護、資源利用、評価対象アクセス、高信頼パス・チャネル、です。
 第3部ではEAL1?7という7種類の評価保証レベル(EAL)を規定しています。番号が大きいほどセキュリティ保証レベルが高くなります。おおむねEAL1?4は民生用、EAL5?7は政府機関や軍用のレベルです。
 日本国内では(独)製品評価技術基盤機構(NITE)がISO15408認証を行っています。企業の経営者やセキュリティ管理者はこのような規格を理解して、どう取り組むかという意志決定をしなければならない時代になってきました。
都丸敬介(2005.11.20)

なんでもマルチメディア(432):ボットネット

最近、スパイウェアによって他人の銀行口座から勝手に送金する、インターネット犯罪が相次いで発生しています。そして、その被害や手口が新聞やテレビで報道されています。
 次々に現れるインターネット犯罪の中で、注目されている一つにボットネットがあります。ボットネットの語源はロボット・ネットワークとされています。ボットあるいはゾンビ・マシンと呼ぶ、不正動作を行う有害プログラムに感染したコンピューター群を、遠隔制御ロボットのように、外部からの指令で一斉に動作させることがボットネットの特徴です。制御指令を短時間に分配するのに、インターネット・リレー・チャット(IRC)を使うことが多いと報告されています。
 ボットネットの不正使用例として、ボットをスパムメール(迷惑メール)の送信元とする分散サービス妨害(DDoS)攻撃や、感染したコンピューターの内部情報の収集が指摘されています。そして、ボットネットの規模は、ボットの数が数万台あるいは数十万台に達するという報告があります。ボットネットの被害を防ぐために、1万台以上のボットに指令を分配していたサーバーの運用を停止したという報告もあります。こうした報告から連想することは、同時多発サイバーテロリズムです。こわいですね。
 コンピューターがウィルスやワームに感染すると、多くの場合は動作がおかしくなることで、コンピューターの所有者が被害を受けたことに気がつきますが、ボットの場合は気づかすにインターネット犯罪に加担することになりかねません。米国の文献に、このような有害ソフトウェアは、無償でダウンロードできるソフトウェアに組み込まれていることが多いので、僅かな費用を惜しんで無償ソフトウェアを使うことを避けるべきであるという警告がありました。
都丸敬介(2005.11.13)

なんでもマルチメディア(431):会津の小旅

知人の案内で、福島県会津地方の紅葉を楽しんできました。数ヶ月前に終了したNHKラジオ放送の番組に「食べて旅して」というのがありましたが、この番組のリポーターの体験や感激を実感するような一日でした。
 最初の訪問地は、会津若松から西に20kmばかりの柳津(やないづ)です。尾瀬を源流とする只見川が悠然と流れている景勝地で、只見川ライン下りという小さな船旅ができます。川を見下ろす高台に800年頃(大同年間)に建立されたという寺があり、紅葉と川の組合せを撮影するカメラマンが大勢いました。
 この小さな町の名物はきびまんじゅうです。数十年前の田舎の雑貨屋のような雑然とした小さな店には、車で乗り付けた人の行列ができていました。できたての黄色いまんじゅうは指に粘りつき、柔らかい餅のような感触です。
 玉梨という小さな集落に、これも人だかりがしている豆腐屋がありました。名物は青豆豆腐です。炭火を囲んだテーブルで、作りたての豆腐をご馳走になりました。20分ほどの時間をかけて揚げた、厚さが5センチほどの厚揚げは都会の店では買えません。
 延々と続く紅葉を見ながら峠を越えて、大内宿という江戸時代の宿場町に着きました。500mほどの広い道の両側に、同じ形をした大きな茅葺きの家が整然と並んでいます。周辺の稲刈りが終わった農地や背景の山と合わせて、心憎いほどに美しい景観が保存されています。年間70万人もの観光客が訪れる人気の場所だそうで、駐車場の手前は長い車の行列ができていました。多くの家がそば屋と土産物屋になっています。1500円の定食は、量が多い名物のそばに、つきたての餅がたっぷり付いていました。こういう雰囲気と味わいは日本人の心の故郷なのかもしれません。
都丸敬介(2005.11.07)

なんでもマルチメディア(430):プッシュ・ツー・トーク

NTTドコモが「プッシュトーク」、auが「ハローメッセンジャー」のサービス名称で、新しい携帯電話サービスを始めるということです。これは、携帯電話が普及する以前に多くの人たちが利用していたトランシーバーと同様に、話者が送信するときには送話ボタンを押し、送話を終えるときは「オーバー」あるいは「終わります」などと言って送話ボタンを切る、交互通話サービスと同じようなサービスです。1対1通信だけでなく複数のユーザーで同時に通話できます。これをプッシュ・ツー・トーク(PTT)と呼びます。
 米国では、1996年にネクステル・コミュニケーションズ社が「ダイレクト・コネクト」の名称でサービスを開始したという記録がありますが、あまり普及したようには見えませんでした。2003年以降に、ベライゾン・ワイヤレス、スプリントPCSなどの通信事業者が同様のサービスを始めました。異なる通信事業者のPTTサービスは互換性がないことが問題点として指摘されていましたが、2004年には、モトローラ、エリクソン、シーメンスの携帯電話機メーカー3社が、各社の携帯電話機のPTT互換性を実現する共同実験を始めたことが報じられました。
 NTTドコモとauの電話機は互換性がないようですが、このサービスがどのような年代層に浸透するのか興味があります。auのサービスは音声だけでなく文字メッセージや画像も同時に送ることができるようなので、新しい若者文化が生まれるかもしれません。
都丸敬介(2005.10.29)

なんでもマルチメディア(429):ガンダーラ美術

今日(2005年10月24日)の日本経済新聞・文化欄に、パキスタン政府が愛知万博で展示した釈迦苦行像を鎌倉の建長寺に寄贈したいきさつの記事がありました。この仏像はガンダーラ美術の代表的傑作で、パキスタンのラホール国立美術館に保管されているもののレプリカだということです。駐日パキスタン大使が書いた新聞記事の「偶像崇拝を否定するイスラムの国であるパキスタンが作った最初で最後のレプリカになるだろう」という一文に心を打たれました。
 私がガンダーラ美術に出会ったのはロンドンの大英博物館です。日本の仏像や、ギリシャの古代彫刻、そしてミケランジェロの作品などになじんでいた眼に、ガンダーラの仏像群がもたらしたショックは強烈でした。美術や歴史を深く勉強してきたわけではないので、感じたことをストレートに受け取っただけですが、このときのショックが忘れられず、その後も何度か大英博物館にガンダーラの仏様を見に行きました。子供の頃から見慣れてきた柔和な仏像は癒しをもたらしてくれますが、より人間的なガンダーラの仏像は励ましを与えてくれるように思えます。
 あと一ヶ月もすると鎌倉も秋の色になります。久しぶりにカメラを持って建長寺に行ってみようかなと考えています。
都丸敬介(2005.10.24)

なんでもマルチメディア(428):固定電話と携帯電話の融合

電気通信事業が自由化され、NTTが民営化すると同時に多くの通信事業者が生まれた1985年から20年たちました。この間に携帯電話やインターネットの急速な発展がありました。さらに、これらの影響を受けて、電話事業の新たな大転換が始まっています。
 中でも注目すべきことが固定電話と携帯電話の融合です。このことを固定・移動通信融合サービスあるいはFMCといいます。FMCはフィックスド・モバイル・コンバージェンスの略です。FMCでは1つの携帯電話機を、屋外では通常の携帯電話として使い、屋内では固定電話網につながるコードレス電話機として使います。
 FMCの効用について、家にいるときは通信料金が安い固定電話を使えるという説明があります。これは事実ですが、FMCに期待される効果は通信料金の低減だけではありません。より重要なことは、一つの電話番号を日本中どこにいても使えるようになることです。固定電話の分野ではIP電話が急速に発展しています。FMCとIP電話の結合は、さらに多くの新しいアプリケーションを生み出す可能性を持っています。
 英国のBT(ブリティッシュ・テレコム)が携帯電話のボーダフォンと提携して、ブルーフォンという名称のFMCサービスを2005年6月に開始しました。このサービスでは、屋内ではブルートゥースという近距離無線LANのアクセス・ポイントを経由して、電話機を固定電話網につなぎ、屋外ではGSM方式の携帯電話回線に同じ電話機をつなぐことで、通信料金の最適化を実現しています。
 FMCの実現では、電話番号をどうするかということが大きな問題です。先月、日本国内のFMCサービスを2007年度にも実現する方向で、総務省が固定電話番号と携帯電話番号を一本化する検討を始めるという報道がありました。この方針が決まると、大きな事業機会が生まれると考えられます。
都丸敬介(2005.10.16)

なんでもマルチメディア(427):技術の目利き

なんでも鑑定団というテレビ番組を見ていて、鑑定人の知識とよく勉強していることに、いつも感心しています。以前、時代小説の中で、茶道具などの目利きを育成するのに、徹底的に良い物だけを見せるという場面を読んだ記憶があります。そうすると、直感的に本物と偽物を見分ける能力が身に付くというのです。こうした能力に加えて、鑑定人は、本物と偽物あるいは良い物と悪い物を見分けた理由を、客観的に説明しなければなりません。
 私は何年か前に、技術の目利きの仕事を手伝ってもらえないかという依頼を受けたことがあります。その場で辞退したので、その後どうなったか知りませんが、この話とは関係がないところで、技術の目利きに取り組んでいるという話を最近続けて聞きました。進歩が早く競争が激しいIT分野では、製品を使う側も提供する側も、適切な選択判断ができる技術の目利きを求めているようです。
 技術の目利きには、実際に技術開発あるいは製品開発に携わった経験が必要です。文献から得た知識だけでは、理屈は分かっても、大きさや性能あるいはコストなどを総合的にとらえたバランスの取れた判断は困難です。どのような技術あるいは製品も、それが効果的に能力を発揮できる条件あるいは限界があります。同じものでも、適用条件によって判断の結果が異なることがよくあります。
 このことが当てはまるのは、技術や製品の目利きだけではありません。多くの技術的な解析や社会現象の分析でコンピューター・シミュレーションが使われていますが、シミュレーション・モデルが成り立つ条件の範囲を逸脱したために生じたおかしなデータを、気づかずにそのまま発表した事例を目にすることがあります。このようなときは常識を疑いたくなります。しかし一方では、おかしなデータが生じた原因の分析が、新たな発見につながることがあります。技術の目利きは案外面白い世界かもしれません。
都丸敬介(2005.10.10)