一通の偽電子メールで国会が混乱し、最大野党ががたがたになった、お粗末な事件が発生しました。最後には危機管理意識の甘さということになりましたが、この事件はいろいろな教訓を含んでいます。問題になったのは、メール送信者の正真性と内容の正しさの二点でしたが、これらのことのほかにもいくつかの問題があります。
第一に、極めて重要で微妙な内容を、通常の文字メッセージ(平文)で送ることの危なさです。平文で書かれた電子メールのコピーなど、だれでも作れます。第三者には読めない暗号文のメッセージであれば、注目されることは少ないでしょう。暗号文でなくても、筆跡鑑定ができるような手書きの電子メールであれば、内容の正真性が大きくなります。手書き文書をスキャナーで読み取って作成した文書を、電子メールに添付することは簡単です。この場合も、所詮はコピーですから、手書き原本ほどの確からしさはないかもしれませんが、当事者間だけでわかる目印をつけることで弱点を補えます。コピーを取る前に、受信した手書き文書を改ざんする危険性に対しては、ディジタル署名という改ざんの有無を検証する技術があります。
電子メールの送信者と受信者を秘匿するときに、匿名を使うことがあります。社内といえども、機密性が高い情報を電子メールで伝えるときは、限られた範囲の人しか知らない匿名を使う配慮が必要かもしれません。
このほかに、電子メールのセキュリティ問題として、他人になりすまして電子メールを送信する偽装があります。今回の事件は、便利な道具の手軽さだけに気を取られず、怖さを良く理解することの重要性をあらためて指摘しました。
都丸敬介(2006.03.05)
カテゴリー: TOMARU
なんでもマルチメディア(447):CNNとアトランタ
米国のテレビ局CNNの創設者テッド・ターナー氏が第一線から引退するという報道がありました。同氏がCNNを設立したのは1980年で、場所は「風と共に去りぬ」の舞台になったアトランタです。当時、私はアトランタに行く機会が多かったので、ついでに、創業間もないCNNの本社を見学したことがあります。
当初のCNNは地方都市のケーブルテレビ会社でした。実用になったばかりの通信衛星を利用して、それまでは視聴できなかったテレビジョン番組を中継して配信するという、新しい事業が成功したのです。本社の庭に、衛星からの電波を受信するための大口径パラボラアンテナがいくつも並んでいるのが印象的でした。日本のケーブルテレビも難視聴地対策として始まったのですが、日本の難視聴地と米国のテレビ空白地域は、面積や人口が桁違いだということを実感しました。
CNNの本社には、自前の放送スタジオがありました。このスタジオは、後年見学した東京MXテレビのスタジオと、規模も雰囲気もよく似ていました。しかし、現在のCNNと東京MXテレビを比べると、経営者の考え方と行動力の差を強く感じます。
アトランタ郊外の観光地にストーンマウンテンがあります。平らな広い土地の中に、世界最大の花崗岩といわれる、高さ250mに近い一塊の岩が盛り上がっています。オーストラリアの中央部にある、高さ350mのエアーズロックに形がよく似ているだけでなく、先住民族の長老たちが、何かあると集まって会議を開いたということも似ています。ただし、エアーズロックは周囲が沙漠ですが、ストーンマウンテンの周囲は豊かな森です。この一帯は公園になっていて、「風と共に去りぬ」の時代のいろいろな家が保存されています。機会があればもう一度行きたい場所の一つです。
都丸敬介(2006.02.26)
なんでもマルチメディア(446):産業スパイ小説
産業スパイが活躍する小説はいろいろありますが、技術面では荒唐無稽で、非現実的な内容が少なくありません。最近読んだ、ジョゼフ・フィンダー著「侵入社員」(新潮文庫)は、2004年に出版された、米国の情報機器メーカーを舞台にした産業スパイ小説で、IT製品開発やセキュリティー技術を中心に、産業スパイの小道具がしっかり描かれています。
技術用語は一般読者には分かりにくいかもしれませんが、IT関係者にはかえって現実感を与える効果があるようです。著者が記した巻末の謝辞に「アメリカのハイテク産業で見たものはわたしの想像をはるかに絶したものだった」という一文があります。そして、企業の保安や情報管理について、幾人もの専門家から話を聞いていることが述べられています。こうして得た知見が見事にストーリーの中に活かされています。
物語は、先端的IT企業のはみ出し社員が、特訓を受けてライバル企業にスパイとして送り込まれることから始まります。結果的には二重スパイになり、転職先で高給を保証されるようになったけれども、最後は新しい道を探し始めます。読み終わったとき、なぜか「現代の西部劇」という印象が残りました。極めて米国的な良質のエンターテイメント作品です。
時間をたっぷり手にしたオールド・エンジニアにとって、読書は大いなる楽しみです。産業スパイ小説の情報をお知らせ頂けると幸いです。
都丸敬介(2006.02.19)
なんでもマルチメディア(445):食べて旅して
以前、NHKの深夜ラジオ放送に「食べて旅して」という番組がありました。また、頻繁に放送されるテレビの旅番組には、必ず食事のシーンがあります。私は料理ができないし、料理を覚えようという気持ちがないので、食材や調理の方法は全く分かりませんが、旅先で出会った食べ物には、いつまでも記憶に残っているものが少なくありません。
1970年代の初めに、始めて行ったイタリアの町は、昨日からのオリンピックの舞台になったトリノに比較的近いミラノでした。一週間ばかり滞在したのですが、スパゲッティとフリッター、そしてエスプレッソのとりこになりました。
もともと麺類が好きなのですが、イタリアで最初に食べたスパゲッティ・ボンゴレには感激しました。腰が強い麺と比較的あっさりしたスープの味は、イタリアのどこの町でも満足できます。ところが、隣国のスイスやフランスでは、美味しいスパゲッティに出会ったことがありません。私が経験した最悪のスパゲッティは、米国のディズニーランドで食べたものです。ロサンジェルスの高級ホテルの中にある日本料理屋で食べた稲庭うどんは最悪でした。
スイスの名物料理として有名なフォンジュも、記憶に残る幾つかの経験があります。バーゼルでホテルの人に紹介してもらった店では、一つずつ串に刺した肉が、開いた花びらのように大皿に盛りつけてありました。ジューシーな肉を食べた後の串が目の前にどんどん積み上がるのは爽快でした。
エジプトで食べた不思議なパンも印象に残っています。インドや中近東のどこにもある主食のナンと同じような白い生地のパンですが、ふっくらと膨らんで真ん中が中空になっているものです。これをちぎって、中にいろいろな具を挟んで食べるのです。伝統的な食べ物は、風土から生まれ、その場所で食べるのが最高だということを何度も経験しました。こうした食べ物に出会ったときは幸せを感じます。
都丸敬介(2006.02.12)
なんでもマルチメディア(444):ホームネットワーク
家庭内にある多種類の情報機器や家電製品あるいはセキュリティ機器をつないで、経済的に利便性を拡大することを目的とする、ホームネットワーク(家庭内情報ネットワーク)の製品化がにぎやかになってきました。ケーブル方式のLANや無線LAN を使う、パソコンを中心とする情報ネットワークは、すでに多くの家庭に普及しています。これとは別に、PLC(電力線データ通信)という、電力配線を利用する一種のLANの技術を使うシステムが姿を現し始めました。
PLCはすでに家の中に設置されている電力配線を利用して、高速データ伝送を行う技術です。電源コンセントに電力線モデムあるいはPLCモデムというデータ送受信装置のコードを差し込みます。そして、電力線モデムにつないだ情報機器の間でデータをやりとりします。
日本国内では、2000年10月に九州電力がPLCの実証実験を開始して注目されました。その後、2004年2月に米FCC(連邦通信委員会)が技術基準作りを提案したこともあり、米国の電力会社各社が試験を始めました。また、2005年には総務省主催の研究会が発足しました。こうした動きを背景にして、最近、PLCを使うホームネットワーク製品開発のニュースが増えてきました。
PLC製品が実用になると、既存のLANとの主導権争い、あるいはPLCとLANの共存が大きな問題になります。すでに、PLCとLANを組合せて使う統合ネットワーク製品が発表されていますが、素人が家の中で自由に使いこなすのは難しそうです。ホームネットワークの普及には、日曜大工的な作業で各種の機器をつなぐことができなければなりません。これは非常に難しい問題であり、どのように解決されるのか、今後の展開が注目されます。
(訂正)前回の「見てみたい名画」のなかで、「ミケランジェロ:最後の晩餐」と書いたのは、「ミケランジェロ:最後の審判」の書き違えです。訂正させて頂きます。
都丸敬介(2006.02.05)
なんでもマルチメディア(443):見てみたい名画
1月28日(2006年)の日本経済新聞別刷り「NIKKEIプラス1」に、「一度は見てみたい名画」の調査結果が記載されていました。1位がレオナルド・ダ・ヴィンチ:モナリザで、その後の10位までは、ゴッホ:ひまわり、ムンク:叫び、レオナルド・ダ・ヴィンチ:最後の晩餐、ピカソ:ゲルニカ、ミレー:落穂ひろい、ミケランジェロ:最後の晩餐、モネ:睡蓮、ドラクロワ:民衆を導く自由の女神、フェルメール:真珠の首飾りの少女です。
私は最後の一つを除いて全部見たことがあります。この記事を読みながら、それぞれの作品が置かれている場所を思い出しました。もう一度見るとすればどれにしたいかと問われたとすると、迷いなく、パリのオランジェリー美術館にあるモネの睡蓮の部屋を選びます。大きな楕円形の二つの部屋の壁に、それぞれ4枚ずつ睡蓮の池が描かれています。部屋の中には鑑賞用の椅子があるだけです。私が行ったときは、何人もの人が床に寝そべって、気持ちよさそうに壁の絵を見つめていました。日経の記事によると、オランジェリー美術館は改装中で、再開は2006年の5月か6月になる見通しだそうです。
モネの睡蓮の部屋から、東山魁夷が描いた、奈良・唐招提寺にある鑑真和上の御影堂障壁画を連想しました。昭和40年代から50年代にかけて、二期に分けて描かれた合計68面の大作が、唐招提寺に収められる前に一般公開されたのを見ました。
マネと東山は絵の主題も画法も違いますが、伝わってくる安らかな気持ちは共通しています。これらの絵を音楽にたとえると、マネからはビバルディを、東山からはシベリウスをそれぞれ感じます。
都丸敬介(2006.01.29)
なんでもマルチメディア(442):情報セキュリティ技術者の育成
経済産業省が行っているIT技術者育成施策の一つに、情報処理技術者試験という国家試験があります。従来は、育成対象技術者の専門分野やレベルが異なる、13種類の試験がありましたが、「テクニカルエンジニア(情報セキュリティ)」試験が追加されました。第一回の試験は今年(2006年)の4月16日に実施されます。
この試験のために私が書き下ろした「3週間マスター:テクニカルエンジニア(情報セキュリティ)」(日経BP社)という受験参考書が完成して、1月30日に発売になります。
一口に情報セキュリティといっても、必要な技術は広い範囲にわたっています。また、情報セキュリティ技術者には、企業経営レベルの指針として考えるべきセキュリティ・ポリシーや、法制度の知識が要求されます。私は1980年代から情報セキュリティに関わりをもっていましたが、今回の執筆のために多くの文献や資料を読んで、技術の変化やセキュリティ問題の多様化を改めて認識しました。
過日、ライブドアの強制捜査をきっかけにして、東京証券取引所のコンピューターの処理性能の限界から、取引を停止するという事件が発生しました。東証のコンピューターの処理能力が、1日の平均処理件数の1.5倍しかないというのは、情報セキュリティの視点から見て信じられないことです。ニューヨークとロンドンの証券取引所のコンピューターは、平均処理件数の4倍の性能をもっているということです。処理性能と情報セキュリティの間にどのような関係があるかというと、処理性能不足によって、情報の紛失や、情報内容の完全性が損なわれる危険があるのです。
多面的な情報セキュリティ技術を身につけて、安全な社会を守る技術者が沢山育つことを願っています。
都丸敬介(2006.01.22)
なんでもマルチメディア(441):情感のコミュニケーション
情報通信関係では日本国内最大の学会である、電子情報通信学会の会誌の最新号(2006年1月)で、「情感のコミュニケーション」をテーマとする特集を組んでいます。「情感のコミュニケーション」の定義あるいは概念がはっきりしていないので、論文執筆者の視点がばらばらであり、そのこと自体が新しい問題を提起しているように思えます。
ある人は「情感は、我々が伝え合う人間的・主観的な価値の領域まで踏み込んでコミュニケーションをとらえようとする概念である」と言い、他の人は「情感コミュニケーションとは心の通うコミュニケーションである」としています。論文に書かれて具体例には、臭覚や触覚を含む五感通信、絵画や音楽の感性情報、感覚器官障害や知的障害がある人のコミュニケーション支援などがあります。
今年はモーツァルトの生誕250年ということで、モーツァルトの音楽が大きな話題になっています。特に、癒しの効果が注目されて、この効果を裏付ける科学的な分析も話題になっています。
こうした分野の研究成果をビジネスに結びつけるのは簡単なことではありません。また、幅広い感性と好奇心、そして人生経験がないと、研究の方向付けをすることすら難しいかもしれません。けれども、いろいろな経験と考える時間をたっぷりもっている人たちで、じっくり議論をすると、面白いアウトプットが生まれるかもしれません。インターネットの仮想空間で、この分野の話題を議論したいですね。
都丸敬介(2006.01.15)
なんでもマルチメディア(439):P-D-C-A
明けましておめでとうございます。今年一年の皆様のご健勝を祈念いたします。
システム工学の基本に、計画(P:plan)?実行(D:do)?評価(S:see)を繰り返してシステムを改善するという、P-D-Sサイクルの考え方があります。最後のSをC (check) に置き換えてP-D-Cと表現することもあります。ところが、最近はCの後にA(action)を加えてP-D-C-Aとする説明が一般的になってきました。
近年注目度が大きくなった、情報セキュリティの分野でもP-D-C-Aサイクルが重視されています。P-D-C-Aサイクルを実施するのに必要な多くの項目について、具体的な内容や実施方法がノウハウとして企業や技術者個人に蓄積されますが、標準的な技術者育成カリキュラムが確立した状態に達しているとはいえません。このことの背景には、情報セキュリティに関する情報を公表することが,不正行為者に対して攻撃目標や攻撃方法を教えることになるという危険があるからかもしれません。
エンジニアリングの世界から離れて、昨年の後半に続発したいろいろな社会問題を見ていると、日常生活に関わる分野でのP-D-C-Aが機能していないように思えます。過日、テレビのニュース番組の中で、竹中総務大臣がP-D-C-Aという言葉を使っていました。話の内容は覚えていませんが、経済学の分野でもこの言葉を使っているのかな、とふと思いました。計画の立案に熱心になるだけでなく、実施結果の厳しい評価とそのフィードバックに情熱を傾ける人が重視される社会の確立を期待したいと、年の初めに思いました。
都丸敬介(2006.01.01)
なんでもマルチメディア(438):ハンドレッドクラブ
今年(2005年)も残りが少なくなりました。今年からこのコラム「なんでもマルチメディア」をブログに転載していますが、ブログへのアクセスもかなりあるようなので、ハンドレッドクラブ(100club21)を紹介させて頂きます。
この会は1993年に発足した情報交流の会です。会の設立のきっかけは、1984年にさかのぼります。この年は、電気通信事業法が施行されて、日本の電気通信事業が自由化された1985年の一年前です。1980年代初期は、電話網をディジタル化したISDNの実用化やパケット通信サービスの開始、ファクシミリの本格的な普及、ビデオテックスという電話網を利用した画像情報サービスの開始など、情報通信の新しい時代の到来に世界中の先進国が沸き立っていました。このような時代背景の中で、1984年8月に郵政省(現・総務省)を中心とした「欧州テレトピア調査団」がフランス、ドイツ、イギリスの3カ国を訪問しました。メンバーは、郵政省、地方自治体、通信事業者、銀行、商社、メディア企業、通信機メーカーなど多彩な顔ぶれでした。
帰国後しばらくはメンバー間の交流が途絶えましたが、1993年にこの調査団の参加者が中心になり、さらに参加者の輪を広げてハンドレッドクラブが設立されました。そして、ビジネス・インテリジェント・ネットワーク社(binet)が会の運営事務局になっています。このコラムは情報交流の一環として、1996年から書いているものです。
最近はメンバーが集まる頻度が少なくなりましたが、2006年1月17日午後5時から、(株)NTTデータ 代表取締役常務執行役員 宇治則孝氏のお話を聞いた後で懇親会を行うことになっています。有料ですが参加は自由です。詳細と申し込みは http://www.binet.co.jp/event/event.html を参照くださいとのことです。
多くの方々にお目にかかり、いろいろな情報を頂戴するのを楽しみにしています。
都丸敬介(2005.12.18)