なんでもマルチメディア(516):北フランス旅行記(6)

6月15日(金)
朝9時にホテルを出発。ホテルの正面に虹が出て、やがて雨になった。
カンペールはパリのモンパルナス駅から出ているTGVの終着点。17世紀に始まった陶器のカンペール焼きが有名だという。ホテルの近くにあるカンペール焼きの工房を見学。製品の年産20万個の中規模の量産工場で、技術的にもデザイン的にも特に優れているとも思えない。絵柄にブルターニュ地方の地域性が見られるのが特徴かもしれない。原料の土は南仏から運んでいるという。
コンカルノーで港に突き出た城壁の一部を歩いた後、旧市街を歩いた。
ポンタヴァン(Pont Aven)で、ゴーギャンの絵のモデルになったというキリスト像があるトレマロ礼拝堂を探して、30分以上も雨の中を歩き回った。木製の「黄色いキリスト」は小さな暗い煉瓦積み礼拝堂の側面の壁に掲げられていた。
カルナック(Carnac)で昼食を済ませてから有名な先史時代のカルナック巨石群を見た。細長い草原に約3,000の巨石が4kmにわたって行列して立っている。周囲には柵が設けられていて、ガイドなしでは敷地内に入れない。
イギリスのストーン・ヘンジとは全く異なる形態であり、構築した目的が違うのだろう。ブルターニュ地方にはこの他にもいろいろな巨石遺跡があるという。
カンペールに戻り、町の中心のサン・コランタン大聖堂を見てホテルに戻った。
6月16日(土)
朝9時に出発。レンヌまで200kmの道を、一回トイレ休憩しただけで走る。そば粉のクレープ「ガレット」とシードルの昼食。サン・ピエール大聖堂や町の中心部を散策。
16時5分にTGVでレンヌ発を出発して帰路についた。明日はパリの休日。
都丸敬介(2007.7.30)
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なんでもマルチメディア(515):北フランス旅行記(5)

6月14日(木)
朝7時半出発。ブルターニュ地方の北西部に広がるアレー丘陵の北縁を一路西に向かって走る。ゆるやかな起伏の森や畑が美しい。
ブルターニュ最西部の町ブレストの手前50kmほどの場所にあるギミリオ(Guimiliau)とサン・テゴネック(Saint-Thegonnec)の2箇所で、中世の教会を見学。教会の建物や墓地をまとめて聖堂囲い地というらしい。
教会の庭にある、カルヴェール(Calvaire)という、聖書の物語を解説した石の彫刻が面白い。聖書を読めない人たちに説明するために作られたもので、紙芝居の絵をつなぎ合わせたような絵物語になっている。人物の表情が軟らかい。カルヴェールの語源は、キリスト受難の地とされているゴルゴダの丘である。教会内陣の飾りも見事で、大衆に根付いた宗教を実感する。
昼食後、フランス最西端のラ岬(ラー岬、またはラズ岬、pointe-du-Raz)に行った。駐車場から岬の突端までは1kmほどある。草原と灌木に覆われた岬には軍の監視塔があり、岬から少し離れた小島に灯台が建っていた。この地域の県名はフィ二ステール(最果ての地)だという。
歩き始めたときに雨が降り始めた。大西洋から吹き付ける横殴りの雨の中をしばらく歩く。雨は20分ほどでおさまった。駐車場と監視塔の間に10分間隔で無料の電気バスが運行されているが、帰路も花を見ながら歩いた。この岬には年間100万人の観光客が訪れるという。
午後6時頃、ブルターニュ地方最大の町カンペールのホテル「オセアニア」に到着。町の中心から少し離れた高台の森の中にある。
都丸敬介(2007.7.25)
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なんでもマルチメディア(514):北フランス旅行記(4)

6月13日(水)
朝食後、バスでモン・サン・ミッシェルの島の入口まで行き島内を見学。テレビのコマーシャルで毎日のように目にしているピラミッド状に積み重なった修道院の最上部まで行った。日本人の世界文化遺産人気調査では、モン・サン・ミッシェルはトップ3に入っているという。
島の最下部にある入口を入ると、目抜き通りの狭い坂道の両側に、土産物屋やレストランがひしめいている。修道院の入口の手前に以前は学校だった建物がある。現在は島内の居住者が数十人しかいないので、学校は廃止されたという。立体的に構築された修道院の内部は迷路のように複雑で、よく作ったものだと感心した。
干満の差が大きいことで有名な島を取り巻く海は、干潮のためかかなり後退していた。陸地と島をつなぐ道路を造ったことで、潮の流れが大きく変わったために、道路を撤去して橋にする計画があるが、なかなか実現しないらしい。
宿泊したホテルの隣にある「ホテル・メルキュール」で名物のオムレツと子羊の昼食。衰弱しきった巡礼者のために用意されたというオムレツは泡だったクリームのようだった。日本食だと重湯かお粥といったところだろう。
昼食中に雨が降り始め、宿泊地のサン・マロに移動する間にかなり強くなった。午後2時サン・マロ到着。サン・ヴァンサン大聖堂を見てから町を取り囲む城壁を歩いた。雨が止まないのが残念だが岩場が美しかった。
ホテルは城壁の外の海岸に面したリゾートホテル「エスカール・オセアニア」。ホテルの前の道路を横切ると、砂浜に降りられる。道路沿いにホテルが並んでいるが、豪華さはなく、庶民的な海水浴場という感じ。
都丸敬介(2007.7.23)
モンサンミシェル
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サンマロ
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なんでもマルチメディア(513):北フランス旅行記(3)

6月12日(火)
朝8時半にホテルをチェックアウトして出発。昨日通過したオンフルールの港と中世に建てられたサント・カトリーヌ教会を見学。広場を挟んで鐘楼と向かい合っているこの教会は、船大工の手作りで、素朴ながっしりした木造。
ヨットハーバーの入口に回転木馬がある。回転木馬は町の中心に欠かせないものらしい。ヨットハーバーに出入りする船のために、道路が開閉橋になっている。しばらく眺めていると、入港してきたヨットのために、開閉橋が垂直に立ち上がった。
バイユーで、幅50cm、長さ70mの絵巻物のタピストリーを見た。物語の内容は、11世紀のノルマンディー公ウィリアムのイングランド征服記。日本語の音声ガイドで個々の画面の解説を聞くことができた。
バイユーの大聖堂は規模が大きいが、特に印象に残ることはなかった。
昼食後、1944年にノルマンディー上陸作戦が行われたアロマンシェ(Arromannches)で上陸博物館を見学。海上に散在する、軍用物資陸揚げのために作られた臨時港の構築機材の残骸は、この作戦の規模を物語っている。博物館の入口に掲げられた「6 JUIN 1944 D DAY」の表示がこの博物館の存在意義を端的に示している。参観者はかなり多く、いろいろな国の言葉が耳に入った。
午後6時半にモン・サン・ミッシェルのホテル「ルレ・サン・ミッシェル」に到着。快晴で、部屋の正面にモン・サン・ミッシェルの全景が広がっている。
ホテルから島までは1km。夕食後9時頃ホテルから島の入口まで散策。夕日が美しい。10時過ぎに日没。ライトアップされた教会の建物が浮かび上がったのは11時頃だった。
都丸敬介(2007.7.19)
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なんでもマルチメディア(512):北フランス旅行記(2)

6月11日(月)
朝9時に出発。オンフルールを通過して、セーヌ川河口のノルマンディー橋を渡り、海岸の町エトルタに着く。霧が濃く眺望は良くない。エトルタは印象派の巨匠モネが断崖の絵を描いた場所として知られているらしいが、よく整備された海水浴場だ。
逗子湾に似た、長さが1km程度の砂浜の両端に切り立った断崖がある。海に向かって右手の断崖の上にある小さな教会まで急な坂道を登ったが、ますます霧が濃くなった。昼食の時間まで海岸のベンチでのんびりした時間を過ごした。
セーヌ川河口の町ル・アーブルで、広い砂浜を見てから、歩いて10分ばかりの町中にあるサン・ジョセフ教会を見学。この教会を中心とする整然とした町並みは1950年代に造られたもので、世界遺産に登録された近代都市の第1号だという。教会は市庁舎かと思うような高層建築に見えるが、中は吹き抜けの高い塔で、窓にはステンドグラスがはめられている。
ドーヴィルのホテルに戻り、午後7時頃夕食に外出。海岸のシーフード・レストランに行ったが、土曜日以外は夕食を営業していなかった。市内中心にある噴水を正面にしたレストランで、路上のテーブルに着いて食事を待っていると、パトカーに先導された自転車レースが始まった。市内周回レースで、40〜50人程度の選手が10回ほど目の前を通り過ぎた。途中棄権をしたり、沿道の知人と話をしている選手がいたが、3周ほど遅れて走り続けた選手もいた。
都丸敬介(2007.7.16)
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なんでもマルチメディア(511):北フランス旅行記(1)

先月回ってきた、北フランスのノルマンディー地方とブルターニュ地方の旅行記録をお届けします。
6月10日(日)
昨日、成田空港11時10分発のJL405便に乗り、午後4時15分にシャルル・ド・ゴール空港着。空港からバスで宿泊地のルーアンに直接向かった。パリ〜ルーアンは約150kmあるが2時間弱で到着。セーヌ川がすぐ近くを流れていて、旧市街の中心に近いメルキュール・シャン・ド・マルス・ホテルに投宿した。
9時出発。パリから来た道を60kmほど戻って幹線から離れ、ジベルニーでモネの家と庭園を見学。有名な睡蓮の池と花壇はきれいに手入れされていて気持ちがよい。数年前に開かれた浜名湖花博の「モネの家と庭園」は忠実な模倣だったことがよく分かったが、現物の規模はかなり大きい。
ルーアンに戻り、旧市街の中心を観光。ジャンヌ・ダルクが処刑された場所にちなんだ、モダンな外見のジャンヌ・ダルク教会に隣接した市場はあまり広くないが、魚や果物、チーズなどの商品が豊富にある。市場近くに回転木馬があった。
昼食後、ノートルダム大聖堂や旧市内を歩いて回った。大聖堂は堂々としていて、ステンドグラスが素晴らしい。木骨組の家が良く保存されている。ジャンヌ・ダルク教会はクラシック音楽の演奏会の最中で、裏口から覗くことしかできなかった。
夕方、イギリス海峡に面したドーヴィルのホテル「ノルマンディー・バリエール」に到着。ドーヴィルは南フランスのニースに似た高級リゾート地。宿泊したホテルは堂々とした快適な雰囲気で、夕食はジャケット着用。隣接して大きなカジノがある。
部屋の前に20面のよく手入れされたアンツーカのテニスコートがあり、その先に広い砂浜が広がっている。夜10時近く、海岸で、正面の海に沈む雄大な日没を見た。
都丸敬介(2007.7.10)
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