景気の回復に伴って、ソフトウェア技術者不足が深刻な問題になってきたようです。この問題は決して新しいことではありません。コンピューターの導入が進み始めた1960年代後半に、ソフトウェア技術者が大量に不足する可能性が指摘され、この対策の一環として、1969年に通商産業省(当時)が情報処理技術者試験を核とする人材育成を始めました。
ところが、バブルがはじけて、ソフトウェア技術者の仕事が激減するという構造不況が起こりました。このとき大量に生じた余剰人員はCOBOLのプログラマーでした。新しい時代のソフトウェア技術者に求められるシステム設計能力や、新しいソフトウェア技術を身につけていなかった人たちが脱落したのです。
最近のソフトウェア技術者不足の根底には、依然として、体系的な人材育成が適切に行われていないという状態があります。企業などの情報システムだけでなく、パソコンや携帯電話、家電製品などに組み込まれているソフトウェアの規模が急速に拡大すると同時に複雑になっています。
機能が複雑で規模が大きいソフトウェアの品質と生産性を改善するために、モデル化の手法や支援ツールの開発が進んでいますが、このような手法やツールを使いこなすのは簡単なことではありません。また、基礎知識を学習しても、実際に使ってみないと身に付きません。抽象的な考え方を教えるのは学校教育であり、実践の経験を積ませるのは現場教育であるという分業制では、いつまでたってもソフトウェア技術者不足は解消できません。日本の産業を支えるソフトウェア技術者育成は正念場にあるといえます。
都丸敬介(2006.09.25)
カテゴリー: TOMARU
なんでもマルチメディア(478):通信制度の変化
電気通信サービスの新時代を迎えて、通信事業者の再編成や新制度の開始など、次々に大きなニュースが飛び交っています。来月(2006年10月24日)始まる携帯電話事業者間の電話番号継続制度(ナンバー・ポータビリティー)は、準備段階が終わって、激しい顧客獲得合戦に入りました。
今月13日に、総務省の審議会が、家庭などの電力配線を利用して高速データ伝送を行うPLC (電力線通信)の実施を答申したことが報道されました。ただし、実現されるのは屋内電力配線の利用だけであり、屋外のアクセス・ネットワークでの利用は除外されています。
ブロードバンド・ネットワーク社会を実現するためには、高速アクセス・ネットワークが不可欠です。これを実現する技術の本命は光ファイバー・ケーブルを使うFTTHですが、総務省の懇談会が13日にまとめた報告書では、NTTに対して、光ファイバー・アクセス回線を他の事業者に開放することを義務づけることが記されたようです。
この開放義務がNTTの投資計画に影響すると、採算性が悪い地域でのFTTHの普及が遅れて、地域情報格差がなかなか埋まらない可能性が大きくなります。高速無線アクセス・ネットワークによって、この地域格差がどのように解消できるのかということが、政策と技術の両面で重要です。
このこととの関係は不明確ですが、15日に電気通信事業者協会が総務省に認可を申請した、固定電話の全国一律サービスを維持するための過疎地の赤字補填制度が、今後どのように展開するのか、目が離せなくなりました。当面の赤字補填制度は固定電話を対象としているようですが、ブロードバンド・サービスも考慮しないと、地域格差が固定する恐れがあります。
都丸敬介(2006.09.17)
なんでもマルチメディア(476):WiMAX
今年(2006年)10月24日から、日本国内で携帯電話の番号継続(ナンバー・ポータビリティー)制度が始まるということで、携帯電話各社の対応策や、この制度の影響がいろいろと取りざたされています。この制度は、電話利用者が契約している通信事業者を変更しても,従来の電話番号を継続して使えるサービスです。番号継続制度は新しいことではなく、米国では、固定電話の利用地域を変更したときの番号継続制度が、1980年代に実現しています。
携帯電話の番号継続制度によって、かなりの数の利用者が契約している事業者を乗り換えると見られています。携帯電話事業者が多数の利用者を引きつけるには、料金の安さだけではなく、高性能のブロードバンド接続機能が重要視されています。このための技術として、WiMAX(ワイマックス)が注目されています。
WiMAXは、無線LANの技術を標準化しているIEEE(米国電気電子学会)の802.16委員会が開発している技術です。この委員会では幾つかのWiMAX技術の標準化を行っていますが、そのなかのモバイルWiMAXというIEEE802.16e規格が、第4世代携帯電話技術の本命として注目されているのです。規格上の最大伝送速度は75Mビット/秒で、最大無線通信距離は3k?5kmとなっています。
米国では携帯電話大手のスプリント・ネクステルが全米規模のWiMAX通信網構築計画を発表しました。日本では、新たに解放される予定の、2.5GHz(ギガ・ヘルツ)帯の無線電波を使うWiMAXの検討が行われています。
都丸敬介(2006.09.03)
なんでもマルチメディア(474):匂いの伝達
テレビの料理番組に同期して、インターネットで匂いを配信するサービスを、フランステレコムが今年の秋に始めるという報道がありました。配信するディジタル信号で、視聴者のパソコンに接続した香り発生装置に指示を与え、複数の香料を合成した匂いを作り出すというものです。
本コラム(2005年2月7日、第378回)で取り上げたことがありますが、このような「香り通信」技術の先進国は日本です。今回報道されたフランステレコムのサービスと同じようなことを、2005年5月にNTTコミュニケーションズが始めています。当時の新聞記事には、この技術を利用してアロマテラピーの通信教育を始めたとあります。このときから1年以上経過した現在、どのような利用方法が実用になったかということについては調べていませんが、かなり大きな話題性があるようです。
香り発生装置は匂いを合成するものですが、要素技術としては、合成と対になる匂いの分析技術が重要です。最近放映されたテレビドラマで、犯人を追跡する手段の一つとして匂い分析技術を使っていました。テレビドラマのようにうまくいくかどうかは疑問ですが、分析技術が発達した現在では、匂い分析の応用範囲はかなり広く、テロ対策や麻薬犯罪対策などのセキュリティー分野で、大きな成果が期待されます。
NTTが匂い分析の研究に取り組んだきっかけは、通信設備を火災から守るために、発火する前に、匂いによって火災の危険性を感知しようということだったと記憶しています。
都丸敬介(2006.08.20)
なんでもマルチメディア(473):ネットワークのトラフィック
お盆休みが始まり、恒例の高速道路大渋滞が報道されました。100kmを超える渋滞が発生したと聞くと、大事故が起こらないことに感心します。
最近「日本の情報通信データトラフィック:5月時点で毎秒500ギガ・ビット突破」という見出しの新聞記事を見ました。FTTHやADSLを利用しているブロードバンド・ユーザーによる、インターネット利用トラフィック(通信量)が、平均値で500ギガ・ビット/秒を超えたということです。この数値だけを聞いても実感がありません。
現在、日本国内のブロードバンド・ユーザー数は約3,700万といわれています。そこで500ギガ・ビット/秒を3,700万で割ると、1ユーザー当たりの平均トラフィックは、13.5キロ・ビット/秒になります。ブロードバンド・アクセス回線の平均伝送速度を3メガ・ビット/秒と仮定すると、13.5キロ・ビット/秒は3メガ・ビット/秒の0.45%になります。平均使用率0.45%という数値だけをみていると、ネットワーク設備の投資効率が非常に悪く、大きな無駄遣いをしているような印象を受けます。
ネットワーク全体のトラフィックが増えることの影響が強く表れるのは、高速道路と同様に、トラフィックが集まってくるコアネットワークと呼ぶ幹線ネットワークです。コアネットワークでトラフィックの渋滞が起こると、個々のユーザーに対するサービス品質が低下します。今年の12月から、NTTがNGN(次世代ネットワーク)と呼ぶブロードバンドIPネットワークの大規模な実験を始めます。NGNの重要な技術課題の一つが、コアネットワークのトラフィックが急増したときのサービス品質低下を防ぐことです。NGNでどのような新サービスが出現するのかということに興味がありますが、同時に、サービス品質がどの程度維持できるのかということにも関心があります。
都丸敬介(2006.08.14)
なんでもマルチメディア(472):通信事業者の収入
最近、NTT東西とNTTドコモの事業収入のデータが新聞で報道されました。いずれもARPU(1ユーザー当たりの月間収入)の数値が示されていて、この数値の推移から、通信事業の方向やユーザーの動向を垣間見ることができます。
NTT東西の光回線サービス「Bフレッツ」の最近のARPUは4,800円から4,900円程度で、西日本のほうが若干大きくなっています。そして、東日本と西日本のどちらのARPUも増加傾向にあります。一方、両社の固定電話のARPUは2,700円から2,800円程度で、東日本のほうが若干大きくなっています。これらの数値を見ると、基本料金を始めとする月額固定部分の割合が大半を占めていることが推定できます。通信量に比例する通話料金は十分に安くなり、もはや、通話料金が安いことは、競争の切り札ではなくなってきたことがうかがえます。
NTTドコモの最近のARPUは6,700円程度であり、固定電話と比べるとかなり大きな値です。ARPUの内訳は、電話利用が減少傾向、データ通信利用が増加傾向にあり、この傾向はしばらく続いています。
近い将来、FMC(固定電話と携帯電話の融合サービス)が進むと、ARPUの値がどのように変化するのかということは大変興味があります。
NTT東日本のBフレッツのカタログを見ると、約4,000タイトルのオンデマンド・ビデオ見放題プランが月額2,100円、テレビの多チャンネルプランが月額2,100円とあります。これらの月額固定料金サービスでARPUを押し上げることが、これからの通信事業の重要なビジネスモデルになるのかもしれません。
都丸敬介(2006.08.07)
なんでもマルチメディア(471):良くなる電話の音声品質
「固定電話と携帯電話を比べて、どちらの音が良いと感じているか」という質問をすると、答えが分かれます。両者の技術を比較すると、原理的には携帯電話のほうが、音声品質が劣ることになっていて、多くの研究論文のデータもこのことを裏付けています。
ところが、携帯電話ネットワークの通信速度を従来のままのナローバンド(狭帯域)にしておいて、受信側で音声を復元するときに、ブロードバンド(広帯域)に変換して音声品質を改善する技術の研究が進んできました。こうなると、従来の固定電話よりも携帯電話のほうが音声品質が良い、ということが原理的に正しくなります。
このことが、伝統的な固定電話の音声品質改善のきっかけになるかもしれません。ISDNが実用になった1980年代に、通信速度が64kビット/秒のISDN回線を使って、ラジオ放送なみの音声品質を実現する技術が開発されて、国際標準になっていたのですが、ほとんど利用されていません。しかし、この技術は、ブロードバンドIPネットワークを利用するIP電話の標準技術として活用できます。
近い将来、音声品質の良さを前面に出した、新しい電話サービス合戦が始まる予感がします。ただし、幾つか気になることもあります。技術的なことでは、通信事業者のサービスや機器メーカーの製品の間の相互接続性の保証が重要です。このために、新しい国際的な主導権争いが活発になる可能性があり、日本がそのリーダーになれるかどうかということが、産業や経済に大きく影響します。この分野の技術は難しいだけに、分かり易く説明して、関連産業だけでなく、一般ユーザーの関心を高めるためのキャンペーンが大切です。
日本の産業が取り残されないことを祈ります。
都丸敬介(2006.07.31)
なんでもマルチメディア(468):許容待ち時間の感覚
最近サービスが始まったワンセグ放送は、映像情報のほかにいろいろな文字情報が見られるということがセールスポイントの一つになっていますが、文字情報が表示されるまでの待ち時間の長さが、利用者をいらだたせているという報道がありました。問題になっている時間の長さは20秒?30秒程度のようです。
以前、このコラムでも書いたことがありますが、インターネットのホームページ画面が出始めてから出終わるまでの許容時間に「8秒ルール」という経験則があります。そして、8秒では長すぎるから、3秒を目標にすべきだという議論があります。
情報通信機器の機能が高度化するにつれて、いろいろな場所で発生するデータ処理に時間がかかり、ユーザーが体感する待ち時間が大きくなる傾向があります。この結果サービス品質が劣化します。このことについて、システム設計者やサービス提供者が、真剣に目標値を設定してその実現に努力しているのかどうか、首をかしげたくなることが増えています。
通信サービスの分野では、ブロードバンド・ネットワークの研究が盛んになった1990年代前半から、QoS(クォリティ・オブ・サービス)を合い言葉にして、良好なサービス品質を実現するための努力が払われています。しかし、現在の情報通信サービス全体を見ると、QoSに対する取り組みは不十分です。寛大なユーザーが我慢しているのをいいことに、厳しいサービス品質目標の設定と、その実現の努力を怠っていると、いつかは厳しい反発が起こります。ワンセグ放送で発生した問題はその一つです。
都丸敬介(2006.07.11)
なんでもマルチメディア(467):ブロードバンドのエネルギー消費
ADSLやFTTHといった、ブロードバンド・ネットワーク・サービスの利用者が、日本国内だけで、すでに二千万世帯に達したということです。これは新しい情報化時代を象徴する一つの指標として好ましいことと言えますが、このことがもたらす負の問題はあまり議論されていません。
ブロードバンド・ネットワークの普及に伴って増えてきた負の社会問題として、知的所有権侵害や個人情報漏洩がありますが、エネルギー消費の増大はほとんど注目されていません。
古典的な電話では、電話機を使っている間だけ、電話機が数ワットの電力を消費しましたが、ブロードバンド・ネットワーク機器は、常になにがしかの電力を消費しています。消費電力量はネットワーク設備の実現技術によって異なるので、実態を把握するのが難しいかもしれませんが、一世帯当たり10ワットを消費すると仮定すると、二千万世帯では二億ワット(200メガ・ワット)になります。これは原子力発電所一基の発電量のおよそ四分の一に相当します。現在市販されている標準的なノート型パソコンの仕様を見ると、動作時の消費電力が40ワット程度ですから、ブロードバンド利用者一世帯当たりの消費電力はかなり大きいはずです。
通信事業者はネットワーク設備の消費電力を減らすための研究に力を入れていますが、いろいろな難問題があるようです。ブロードバンド・サービスの評価指標の一つとして、消費電力をもっと強調すべきだと考えます。
都丸敬介(2006.07.02)
なんでもマルチメディア(466):迷惑電話対策
最近出席した70才前後の年代の人たちの会合で、迷惑電話対策が話題になりました。話のきっかけは、会合に出席していた一人の人が、もう一人の人にいつ電話をかけても出ないがどうなっているのかということでした。
話を聞いていると、電話に出ないと指摘された人は、迷惑電話対策として「ナンバー・ディスプレイ・サービス」を利用していることが分かりました。これは、サービス利用契約をしている電話番号に電話がかかってきたときに、発信者の電話番号を電話機のディスプレイに表示するサービスです。この人は、前もって決めたいくつかの電話番号以外には応答しないと決めているのだそうです。ただし、発信者番号が表示されないときはやむをえず応答するから、発信者番号非表示の操作をして貰いたいというのがこの人の希望です。
NTTのナンバー・ディスプレイ・サービスでは、発信者がダイヤルするときに、相手の電話番号の前に「184(イヤヨ)」をダイヤルすると、発信者番号が通知されません。「184」は通話ごとの発信者番号非通知機能ですが、発信者が「回線ごと非通知」機能を選んでいると、すべての発信が発信者番号非通知になります。
ここで話がややこしくなりました。迷惑電話をかける人が「回線ごと非通知」にしていると、この迷惑電話の発信者電話番号は表示されないので、迷惑電話に対してガードを固めたはずの人は、かえってガードが甘くなるのではないかということです。
迷惑電話対策であれば、応答したくない電話番号を登録しておくと、この電話番号からの着信に対して、自動的に応答拒否のメッセージを送る「迷惑電話おことわりサービス(NTTのサービス名)」を利用するのがよいのではないでしょうか。
都丸敬介(2006.06.25)