なんでもマルチメディア(398):シルクロードの旅(5)

6月1日(水)
 朝8時、ほぼ定刻に敦煌駅に着いた。この列車は、あと二日かけて重慶まで行く。敦煌駅は柳園という町にあり、元の駅名は柳園である。敦煌の町まで128kmあるので、出発前に駅前で朝食を取った。敦煌滞在中のガイドは女性の程さん。専門学校で日本語を学び、ガイドになってまだ1年半程度だというが、かなりしっかりしている。
 ゴビの中に建設された立派な道を時速80?100kmほどの高速で走る。広辞苑ではゴビを「蒙古地方から天山南路に至る一帯の大砂漠」と説明しているが、砂漠という表現よりも沙漠と書くのが適切らしい。なお、現在のモンゴル人は「蒙古」という言葉をきらっていることを、昨年モンゴルを旅行して知った。
 敦煌の辺りには、黒ゴビ、赤ゴビ、青ゴビなど、色違いのゴビがある。敦煌駅から町に向かう途中で最初に通った黒ゴビ地帯は金属資源を豊富に含んでいる。黒ゴビが終わると沙漠らしくなってきた。2,000年以上の昔に構築された狼煙台や長城が見られる。タマリスクが一面に広がるようになると、まもなく敦煌の町に入った。
 敦煌は砂漠の中のひなびたオアシスの町というイメージとはかけ離れた、近代的な都市である。立派な米国式都市ホテル「敦煌太陽大酒店」に宿泊した。
 午後、町の南西85kmにある、唐代の関所「陽関」と大きな狼煙台に行った。途中、車の進行方向や右手に蜃気楼がはっきりと見えた。砂漠の彼方には雪を被った山脈が連なっている。立派な陽関博物館はまだ新しい。
 鳴沙山の一端にある西千仏洞を見た。山裾が断崖になっていて、いくつもの四角い穴の石窟が不規則に並んでいる。長い時代にわたって作られた、それぞれの時代の壁画や塑像が残されている。仏教の物語を絵巻物風に描いた壁画が面白い。石窟内は写真撮影禁止。
 日没が9時過ぎなので、夕食をすませてから、鳴沙山の麓の月牙泉がある場所に出かけた。鳴沙山は砂山のようなゆるやかな起伏の白茶けた山で、西千仏洞がある西端から、莫高窟がある東端まで、100kmくらい続いていることになる。月牙泉があるのは敦煌の中心から数kmの近い場所である。駐車場からラクダに乗って、山の麓を20分ばかり散歩。エジプトのピラミッドのラクダは二人乗りだったが、ここは一人乗りだった。
 山の斜面は細かい砂で覆われていて、麓の平地も歩きにくい。夕日を見るのに適した丘に登るために、砂の上に置いた400段ばかりの梯子がまっすぐのびている。梯子利用料は20元。下り用の橇もある。
 月牙泉は三日月状の余り大きくない池である。近年水位が下がって池が小さくなってきたという。砂漠の中の池で、砂に埋まらないのが珍しいということだ。
都丸敬介(2005.06.15)

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